第132話 【神子元編】白浜
稲取を出て、さらに南へ進んだ。
しばらくすると、海の景色が変わってきた。
岩場が減っていく。
海底が明るい。
「…………白い」
キンメが下を見た。
白い砂。
陽の光が海底まで届いて、辺りがやけに明るく見える。
「白浜だーーーーっす!!」
イトヨリが一気に前へ出た。
「うわあああ! 白いっす!!」
「見りゃ分かるよ」
「チカメさん! 白浜っすよ!」
「だから白いのか」
「白浜だからっす!」
「同じことしか言ってねえぞ」
白い砂浜が続いている。
魚も多い。
今まで通ってきた海とは、なんとなく雰囲気が違った。
「急にリゾート感出てきたな……」
その時。
一匹の魚が近づいてきた。
「ねえねえ」
「はいっす?」
イトヨリが振り返る。
「君、白浜の子?」
「違うっす! 川奈から来たっす!」
「川奈!? 遠っ!」
「神子元まで行く途中っす!」
「へえ。じゃあさ、白浜ちょっと案内しようか?」
「いいんすか!?」
「行かねえよ」
俺はイトヨリを押した。
「なんでっすか!」
「神子元行くんだろ」
「ちょっとくらいいいじゃないっすか!」
「さっき稲取出たばっかりだぞ!!」
後ろからキントキダイが来る。
「知り合いか?」
「今会ったっす!」
「では行くぞ」
「キントキダイまで!!」
そのまま南へ進む。
しばらくして。
「ねえ、お姉さん」
また声がした。
イトヨリが振り返る。
「はいっす?」
「一人?」
「四匹いるっす!」
「見りゃ分かるだろ!!」
「どこ行くの?」
「神子元っす!」
「遠いねー。今日白浜にいれば?俺ここに別荘持ってるんだ」
「えー、どうしよっかなー」
「悩むな!!」
俺がまたイトヨリを押す。
「チカメさん、さっきから邪魔するっすね!」
「旅が進まねえんだよ!!」
また泳ぐ。
「そこのおじょうさん」
「はいっす!」
「また来た!!!」
今度は二匹。
「かわいいね」
「あざっす!」
「この辺初めて?」
「初めてっす!」
「じゃあ一緒にオキアミたべようよ」
「いいっすねー!」
「よくねえよ!!」
イトヨリがこっちを見る。
「チカメさん」
「何?」
「あーし、モテてるっす」
「そうだな」
「すごくないっすか?」
「よかったな」
「反応うっす!!!」
キントキダイが言った。
「これで三組目だな」
「数えてたの?」
「目の前で毎回止まるから嫌でも覚える」
キンメが小さく言った。
「…………五匹」
「人数で数えてたの!?」
イトヨリが嬉しそうに笑う。
「キンメ、ちゃんと見てたんすねー!」
「…………暇だから」
「もっと喜んでくれてもいいじゃないっすか!」
その後も。
イトヨリに声をかける魚は増えていった。
「ねえ、そこの子!」
「はいっす!」
「あっちでみんなでコマセパーティしてるんだけど、一緒にどお?」
「あざっす!でーもー連れがいるんでー、、、えーどーしよーかなー、、」
「早くいくぞ」
また別の魚が寄ってきた。
「女神様!?あーごめん、、あまりに美しすぎて見間違えちゃったかも。ところで、一緒に泳がない?」
「旅の途中っす!」
声をかけられる。
止まる。
俺たちが待つ。
また泳ぐ。
また声をかけられる。
「…………」
イトヨリの泳ぐ速度が、明らかに遅くなっていた。
「お前さ」
「なんすか?」
「さっきから泳ぐの遅くない?」
「白浜の景色を楽しんでるだけっす」
「海しかねえだろ!!」
「白い砂とかあるっす!」
「じゃあ下見ろ!!」
イトヨリがゆっくり泳ぐ。
ちらっ。
右を見る。
ちらっ。
左を見る。
「ナンパ待ちすんな!!!」
「してないっすよ!」
「じゃあ前見ろ!!」
「チカメさん、嫉妬っすか?」
「なんでだよ!!」
「さっきからあーしが声かけられるたびに邪魔するじゃないっすか」
「神子元に行きたいだけだよ!!!」
その時。
「ねえ、そこの赤い子」
女の声だった。
俺たちは止まった。
赤い。
俺。
キンメ。
キントキダイ。
三匹で振り返る。
「…………」
俺はキントキダイを見る。
「ついに来たか」
「何がだ?」
「逆ナンだよ!!」
「ぎゃくなん?」
「女の子から声かけられたんだよ!!」
「なるほど」
キントキダイが姿勢を正した。
「なぜお前まで準備している」
「赤い子と言っただろ」
「俺かもしれねえだろ!!」
女の魚が近づいてきた。
「そっちの子」
俺。
キントキダイ。
同時に少し前へ出た。
女の魚が俺たちの間を通り過ぎた。
「…………僕?」
キンメだった。
「うん。かわいいね」
「…………」
俺は前へ出たまま止まった。
キントキダイも止まった。
「キンメかよ!!!」
「この辺の子?」
「…………違う」
「どこから来たの?」
「…………川奈」
「へえ。よかったら一緒に離岸流のらない?」
キンメが少し考えた。
「…………ごめん」
「そっか。残念」
「…………僕、旅の途中だから」
「じゃあ、気をつけてね」
女の魚は去っていった。
「…………」
俺はキンメを見る。
「お前、逆ナンされたぞ」
「…………そうみたい」
「どういうことだ?」
「…………知らない」
イトヨリが笑っている。
「キンメもモテるっすねー!」
「…………そうなの?」
「そうっすよ!」
「…………そっか」
キンメが少しだけ嬉しそうだった。
「まあ……そういうこともあるか」
俺たちはまた泳ぎ始めた。
すると。
「ねえ、そこの赤い子」
「また!?」
キンメが振り返る。
「…………僕?」
「そうそう」
今度は男の声だった。
「君、かわいいね」
「…………ありがとう」
「…………」
俺は声をかけてきた魚を見る。
男。
キンメを見る。
男。
俺の中では。
男。
「…………」
どういうことだ。
「二丁目の人か?」
キントキダイが俺を見る。
「二丁目?」
「いや、こっちの話だ」
男の魚は普通にキンメと話している。
「はっ!!これがジェンダーレスか……!!」
なぜかドキドキしてきた。
キントキダイが俺を見る。
「チカメ」
「何?」
「なぜお前が緊張している」
「知らねえよ!!!」
キンメは何事もなかったように戻ってきた。
「…………行こ」
「お、おう」
なんなんだ。
白浜。
分からないことが増えていく。
その後もイトヨリは順調だった。
「ねえ、一人で来てるの?」
「四匹っす!」
「また俺たち消されてる!!!」
「どこ泊まるの?」
「泊まらないっす!」
「じゃあ俺の泊まってるヴィラいく?」
「それもアリっすねー!」
「アリじゃねえよ!!」
気がつけば。
白浜の白い砂も、少しずつ途切れ始めていた。
もうすぐ。
白浜が終わる。
傾き始めた陽の光が、海の中へ長く差し込んでいる。
白い砂が。
淡い金色に染まっていた。
「綺麗っすね……」
イトヨリが言った。
「そうだな」
今日は散々だった。
何度止まったか分からない。
何匹に声をかけられたかも、もうどうでもいい。
でも。
イトヨリは、さっきまでとは違って静かだった。
少しだけ後ろを泳いでいる。
「…………チカメさん」
「ん?」
イトヨリが止まった。
俺たちも止まる。
「どうした?」
「チカメさん……言いにくいんですけど……」
いつもの調子じゃなかった。
イトヨリは白浜を振り返った。
白い砂。
夕陽。
その向こうを泳いでいる魚たち。
しばらく黙って。
イトヨリが口を開いた。
「あーし、ここに残ります」
「…………」
「川奈を出て……ずっとみんなについてきたっすけど……」
イトヨリが少し笑った。
「なんか……ビビッときちゃったっていうか……」
もう一度。
白浜を見る。
「ここが私の居場所……かな……なんて」
「…………」
「あっそ。じゃあなー」
俺たちは泳ぎ出した。
「...」
「...」
「なんでそーなるんすかー!!!」
ものすごい勢いで追いかけてきた。
「限りなく高度で政治的なギャグじゃないっすか!!」
「知らねえよ!!!」
「あっ、でも!もしかして怒っちゃったんすか?」
「なんでだよ!!」
「寂しくなっちゃったとか?」
「一秒で追いかけてきた奴に寂しくなる暇あるか!!!」
「もうちょっと止めてくれてもいいじゃないっすか!」
「残りたい奴を無理に連れて行けないだろ」
「そこだけ急に大人の対応しないでほしいっす!!」
キントキダイは前を泳いでいる。
一回も振り返っていない。
「ほら! キントキダイなんて一回も振り返ってないっす!」
「残るんだろ?」
「残らないっすよ!!!」
キンメが振り返った。
「…………残らないの?」
「キンメまで信じてたんすか!?」
「…………うん」
「あれはギャグっすよ!!」
「…………難しいね」
「理解しなくていいぞ」
結局。
イトヨリは普通についてきた。
「いやー、でも白浜すごかったっすね」
「何が?」
「あーし、何匹に声かけられたっすか?」
「知らん」
「十四匹だ」
「なんでキントキダイ覚えてんだよ!!」
「十四かー」
イトヨリが少し考える。
「あと六匹はいけたっすね」
「何の目標だよ!!」
「二十の大台っす」
「漁獲目標みたいに言うな!!!」
白浜を離れて。
俺たちは、また南へ向かった。
しばらく泳いでいると。
「…………チカメさん」
「今度は何だよ」
「なんか……ふわっとするっす」
「ふわっとしてんのはお前の気分だろ」
「違うっすよ」
「白浜で十四匹にナンパされて、まだ浮かれてんじゃねえの?」
「そうじゃなくて……」
イトヨリが周りを見る。
「身体が、ふわっとするっす」
「身体?」
その時。
ふわっ。
「…………ん?」
身体が持ち上がった。
ゆっくり沈む。
そして。
ぐっ。
今度は後ろへ押された。
「…………あれ?」
キントキダイも止まった。
「今のは……」
また。
ふわっ。
全員の身体が持ち上がる。
イトヨリが俺を見る。
「ほら」
「…………本当だ」
海藻を見る。
大きく右へ倒れ。
戻って。
今度は左へ倒れた。
「チカメさん」
「うん」
イトヨリが沖を見る。
「海……うねってきてないっすか?」
「…………そうだな」
白浜の方を見る。
さっきまで泳いでいた明るい海が。
遠くで。
ゆっくり上下している。
キンメも沖を見た。
「…………強くなるかも」
「分かるの?」
「…………なんとなく」
また。
身体が大きく持ち上がった。
今度は全員が分かった。
キントキダイが南を見る。
「どうする?」
「とりあえず進もう。無理そうなら考える」
「了解」
「おけまる水産っす!」
「お前はさっきまで白浜に住むって言ってただろ!!」
俺たちは再び南へ向かった。
ただ。
さっきまでより。
少しだけ。
海が重かった。




