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第126話 【神子元編】熱川の海には噂がある


俺たちは、なぜかまだ温泉に入っている。



赤沢温泉の目と鼻の先。


北川温泉。



黒根岩風呂の前の磯。



「いや〜、出たくないっす」



イトヨリが岩の上で伸びている。



「あっ、次のカマス、プカリに一福音っす」


「賭けるな!!!」



少し離れたところでは。



「かますぜええええ!!」


「残り十秒ー!!」


「もっとかませー!!」



ばさぁっ!!


ばさぁっ!!



昨日誕生した熱波師が、今日も元気にカマスへ熱波を送っている。



「…………僕も、ずっとここでいい」



「キンメまで――」



言いかけてやめた。



キンメはたぶん、温泉の話をしていない。



「…………」



キンメは南を見ている。



その先には、稲取がある。



「まあ……もうちょっと入ってくか」


「やったっすー!」


「お前のためじゃねえよ!!!」



キントキダイは、さっきから一番深いところに浸かっている。



「お前は?」


「私はいつでも出発できる」


「じゃあなんで一番深く浸かってんだよ」


「調査だ」


「何の調査だよ!!!」



神子元へ小鯖を迎えに行く旅だったはずだ。



それが。



俺たちは、まだ北川で温泉に浸かっている。



「…………でも今日中には行くぞ」


「あと一時間っす」


「長えよ」


「三十分」


「刻むな」


「十五分」


「値切るものじゃねえんだよ!!!」



その時。



少し離れた岩陰にいた老婆と目が合った。



いや。



俺を見ているんじゃない。



俺の、少し後ろを見ている。



「…………?」



老婆が手招きした。



「俺?」



もう一度、手招きする。



なんだ?



俺は温泉から出て、老婆のところへ寄っていった。



イトヨリたちもついてくる。



「なんですか?」


「おぬしら、これから南へ行くのかえ?」


「うん。神子元まで」


「ほう……」



老婆が目を細めた。



「ならば、熱川を通るのう」


「通るけど」


「…………」



なんだ?急に黙った。



「熱川の海にはのう……」



老婆が言った。



「昔から、ある噂があるのじゃ」



「噂?」



イトヨリが少し前へ出た。



「なんすか?」



「熱川の大地には、バナナとワニの楽園、すなわち南国があるそうじゃ、、、。そこではバナナ食べ放題、バナナからワニが生えてくる、、なんて話も聞こえてくる。あぁお母さんこれ買ってバナナからワニが生えてるよ!こんなのここでしか見た事ないエモいよ!買って買って、、、」




「....」



老婆はゆっくり話し始めた。



「むかしむかし……」


「…………」


「とーっても昔のことじゃ」


「だいぶ昔だな」



「外国から来た船が、東伊豆の沖で難破したそうじゃ」


「外国の船?」


「そうじゃ」



キントキダイも老婆を見る。



「その船にはのう、小さなワニが何匹も乗せられておった」


「ワニ?」



イトヨリがこっちを見る。



「ワニって、あのワニっすか?」


「他に何ワニがいるんだよ」



老婆は続ける。



「船は沈み、子ワニたちは海へ投げ出された」


「…………」



俺は少し考えた。



「ワニって海で大丈夫なの?」


「海を泳ぐワニもおるそうじゃ」


「へえ……」



老婆が南を見る。



「子ワニたちは、海を泳いだ」


「どこへ?」


「仲間の匂いがする方へじゃ」


「…………仲間?」



老婆はゆっくり頷いた。



「そうじゃ」



少し間を置いて。



「熱川へ」



「…………」



イトヨリが南を見る。



俺も見る。



ゴクリ。



さっきまで何とも思っていなかった南の海が、少しだけ不気味に見える。



「その子ワニたちがどうなったのかは、誰も知らない」



「…………」



老婆が声を落とした。



「じゃが、それから熱川の海では……」



さらに声を落とす。



「夜な夜な、魚ではない大きな影を見たという者が現れてなぁ……」



「…………」



「くくくく……」



「笑い方怖いんだけど」



イトヨリが俺に寄ってきた。



「チカメさん」


「何」


「熱川、飛ばせないっすか?」


「どうやって神子元行くんだよ」



キントキダイが俺の後ろへ移動した。



「後方警戒」


「だから何か出てからやれ!!!」



老婆が俺をじっと見た。



「熱川の海へ行くなら、気をつけることじゃ」


「…………分かった」



「あああああー…………」



「…………何?」



老婆の視線が、また俺の後ろへずれた。



「あああああー…………」



「何!?何ーーーー!!!!!!」



老婆の目が見開かれる。



「お主の後ろに……」



「後ろに!?」



「お主の中は……」



「中!?」



バタン!!!



老婆が倒れた。



「うわあああああ!!!」


「怖い怖い怖い!!!」



イトヨリが俺の後ろに隠れる。



「チカメさん、呪いかけられてるんすか!?」


「俺が聞きてえよ!!!」



「…………」



倒れていた老婆が、むくっと起き上がった。



「はい、一福音」



「えっ...金取るの!?」



老婆が手を出す。



「情報料じゃ」


「どこからどこまでが情報だったんだよ!!!」



仕方なく福音を一粒渡した。



老婆は満足そうに受け取る。



「信じるか信じないかは、お主次第……」


「占いだったのこれ!?」



もういい。



温泉も入った。


ワニの怪談も聞いた。


よく分からないものまで占われた。



「そろそろ行くぞ」


「え〜〜〜」


「行くの!!」



イトヨリが渋々、温泉から出る。



キントキダイも岩から離れた。



「キンメ」


「…………」



キンメはまだ南を見ていた。



「行けそう?」


「…………うん」



少し間を置いて、キンメも温泉から出てきた。



俺たちは北川を離れた。



少し泳いだところで。



「ばあちゃん、お願いします」



後ろから声が聞こえた。



「ん?」



振り返る。



さっきまで俺たちがいた場所に、別の魚が一匹来ていた。



「ほっほっほ。何を見てほしいのじゃ?」


「…………」



普通に次の客がいた。



「客いるんだ……」



「チカメさん」


「何?」


「やっぱりもう一回――」


「行くぞ!!!」



俺たちは南へ泳ぎ始めた。



次は、熱川。



魚ではない、大きな影。



老婆の話が本当なのか。






ただの作り話なのか。






信じるか信じないかは――





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