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第125話 【神子元編】北川海底温泉

挿絵(By みてみん)



俺たちは今、なぜか温泉に入っている。



赤沢温泉の目と鼻の先。


北川温泉。



黒根岩風呂の前の磯。


海面に出れば、人も温泉に浸かっているのが見える。


そして赤沢も見える範囲にある。



なんだこの温泉地帯は。


少し移動すると温泉名が変わるのか。



「本当にありがとうございました! 地元民しか知らない秘湯を教えますよ!!」



定置網から助けた魚の一匹がそう言っていた。



そして今。



「はぁ〜〜〜……」



イトヨリが海底に寝そべっている。



「最高っす〜〜〜……」


「赤沢じゃなくてもよかったのかよ」


「温泉ならどこでもいいっす!」



海底の岩の隙間から、温かい湯が湧き出している。


場所によって温度が違うらしく、少し移動するだけで急に温かくなったり、普通の海水に戻ったりする。



「赤沢を我慢した甲斐があったっす」


「我慢したの俺たちだからな」


「…………あったかい」



キンメも岩の上でじっとしている。



「キンメ、こういうの好きなの?」


「…………嫌いじゃない」


「そっか」



キントキダイは少し離れた場所で温泉に浸かっていた。



「どう?」


「悪くない」


「お前、旅行楽しんでるよな」


「調査だから」


「何の調査だよ」



まあいい。



神子元まではまだ遠い。


少しくらい休んでも――



「かますぜえええええ!!!」



「…………」



何だ。



少し離れた岩場から声がした。



「今日こそかますぜ!!」


「かませ! かませ!」


「お前ならかませるぜ!!」



「…………」



俺はイトヨリを見る。



「なんかやってるぞ」


「地元の人じゃないっすか?」


「魚だよ」



声のする方へ行ってみる。



少し進むと、急に水温が上がった。



「なんだここ。急に熱くなったぞ」



そしてそこにはカマスがいた。



一匹。


二匹。



いや。



めちゃくちゃいる。



十匹以上のカマスが、一か所を取り囲んでいた。



中央には岩の裂け目。



そこから、周りより明らかに熱い湯が噴き出している。



その真上に一匹のカマスがいた。



「かますぜ……!」



周りのカマスたちが叫ぶ。



「かませえええ!!」


「まだいけるぞ!!」


「今日のお前はかましてるぜ!!」



「…………」



俺は近くにいたカマスに聞いた。



「何やってんの?」


「我慢比べだぜ!」


「我慢比べ?」


「この湯にどれだけ長く入っていられるか競うんだぜ!」


「へえ」



なるほど。



やっぱサウナみたいなものか。



中央のカマスが小刻みに震えている。



「まだだ……」


「頑張れ!」


「まだかませる!!」


「かますぜ……俺は……まだまだかますぜ……!」



「いや、もう出た方がよくない?」



明らかに様子がおかしい。



「大丈夫だぜ!」



近くのカマスが言った。



「こいつは強いぜ!」


「いや強いとかじゃなくて」


「昨日は二分四十秒かましたぜ!」


「単位が普通だな」



中央のカマスの目が虚ろになってきた。



「おい」


「まだだぜ!」


「いや、もうダメだろ」


「ここからが勝負だぜ!」


「何と戦ってんだよ!」



中央のカマスがふらついた。



「おい!!」


「かませ!」


「かませ!」


「かませえええ!!」



「止めろって!!!」



俺が近づこうとした、その時。



カマスの動きが止まった。



「…………」


「…………」



ぷか。



ゆっくり浮き始めた。



「え?」



上へ。



上へ。



力なく浮いていく。



「…………」



俺はカマスたちを見る。



誰も慌てていない。



「ちょっと待って」


「…………」


「これ、どうなったの?」



近くのカマスが上を見た。



「ああ」


「死んだぜ」


「死ぬの!?」



カマスは浮いていく。



「待て待て待て!! 我慢比べだろ!?」


「我慢したぜ」


「死ぬまで我慢するなよ!!!」



海面へ向かって、カマスが浮いていく。



助けないと。



俺が追いかけようとした。



その時。



海面近くから魚影が降りてきた。



回遊魚だ。



「あ」



パクッ。



「…………」



そのまま泳いでいった。



俺はしばらく海面を見ていた。



「…………食った」



イトヨリも見上げている。



「食ったっすね」



後ろから声がした。



「あいつ……」



一匹のカマスが静かに呟いた。



「かましたな」



「美談にすんな!!!」



別のカマスも頷く。



「見事だったぜ」


「どこがだよ!!」


「昨日の記録を超えたぜ」


「命と引き換えに三秒伸ばすな!!!」



俺は海面を見る。



さっきの回遊魚が戻ってきていた。



一匹じゃない。



何匹かいる。



温泉の真上をゆっくり泳いでいる。



「…………まさか」



一匹の回遊魚と目が合った。



「今日もかましてるねー! ふぉー!!」


「お前ら、まさかこれ待ってんの?」


「うん。浮いてくるから」


「天然の餌場みたいに利用すんな!!」



回遊魚はまた海面付近へ戻っていった。



「…………」



下ではカマスがまた温泉に入る。



限界まで我慢する。



死ぬ。



浮く。



上で回遊魚が食う。



「…………」



完璧なシステムが完成している。



「食物連鎖を娯楽施設にすんな!!!」



イトヨリが感心している。



「無駄がないっすね」


「あるよ!! 最初の死が丸ごと無駄だよ!!!」



カマスたちは気にしていない。



「次、誰がかます?」


「俺がいくぜ!」


「いや俺だ!」


「昨日一分しかかませなかっただろ!」


「今日は違うぜ!」



一匹のカマスが熱い場所へ入った。



「かますぜ!!」


「かませえええ!!」


「記録更新だ!!」



「記録更新したら死ぬだろ!!!」



イトヨリが俺の隣へ来た。



「チカメさん」


「何」


「これ止めるんすか?」


「止めるよ!!」


「地元の文化っすよ?」


「死ぬ文化は廃止だよ!!!」



カマスたちが一斉にこっちを見る。



「廃止?」


「そう!」


「我慢比べを?」


「そう!!」



ざわざわ。



カマスたちが集まって相談を始めた。



「どうする?」


「困るぜ」


「毎日の楽しみだぜ」


「俺、明日かます予定だったぜ」


「予定組むなよ!!!」



一匹のカマスが俺に聞いた。



「じゃあ、どうやって勝敗を決めるんだ?」


「死ぬ前に出ろよ!!」


「いつ?」


「限界になったら!」


「限界っていつだ?」


「死ぬ前だよ!」


「どうやって分かる?」


「…………」



俺は黙った。



こいつらに自己判断させたら、また同じことになる。



「じゃあさ」


俺は考えた。



「時間決めればいいじゃん」


「時間?」


「一分とか。全員同じ時間入って、耐えたら成功」


「全員成功するじゃないか」


「いいんだよ!!!」



カマスたちがざわつく。



「勝者がいないぜ」


「競技にならないぜ」


「かませないぜ」


「かまさなくていいんだよ!!!」



キントキダイが後ろから言った。



「温度を下げれば?」


「それ温泉側に言って!!!」



キンメが熱い湯の近くを見ている。



「…………出たら負けじゃなくて」


「ん?」



「…………出なかったら負け」



「…………」



カマスたちがキンメを見る。



俺も見る。



「それだよ!!!」



キンメが少しだけ首を傾げた。



「…………そう?」



「そうだよ! 生きて出た奴が勝ち!!」


「なるほど」


「最後まで入ってた奴は?」


「死んでるから負け!!!」



カマスたちがざわついた。



「画期的だぜ」


「そんなルール思いつかなかったぜ」


「生還が勝利条件……」


「当たり前だよ!!!」



熱い湯に入っていたカマスが慌てて飛び出してきた。



「危なかったぜ!!」


「急に命惜しくなってんじゃねえか!!!」



カマスたちは新しいルールについて話し始めた。



「明日からこれでかますぜ!」


「生きてかますぜ!」


「俺もかますぜ!」


「もう好きにしてくれ……」



海面近くにいた回遊魚が降りてきた。



「え?」


「何?」


「もう浮いてこないの?」


「浮かせねえよ!!!」



「えー」


「えーじゃねえよ!!」



回遊魚たちは残念そうに去っていった。



「今日、まだ一匹しか食べてないのに」


「十分だろ!!!」



静かになった。



俺は元いた温泉へ戻った。



「…………疲れた」



岩の隙間から温かい湯が出ている。



イトヨリが隣に沈む。



「いい湯っすね〜」


「そうだな……」



キンメも戻ってきた。



「…………あったかい」



キントキダイも入る。



「悪くない」



少し離れたところから声が聞こえた。



「明日は生きてかますぜえええ!!!」



「おおおおお!!!」



「…………」



俺は目を閉じた。



まあ。



死なないなら好きにしてくれ。



「チカメさん」


「何?」



イトヨリが気持ちよさそうに岩にもたれている。



「地元民しか知らない秘湯、最高っすね」


「地元民が死ぬ秘湯だったけどな」




めでたしめでたし。




――と、思いきや次の日。



出発する前にもう一度温泉へ入ろうと、昨日カマスたちがいた場所へ向かった。



ばさぁっ!!


ばさぁっ!!



「…………何の音?」



ばさぁっ!!


ばさぁっ!!



岩場へ近づく。



「サイコーだぜ!!」


「かましてるぜえええ!!!」



「…………」



昨日の熱い湯が噴き出していた場所に、カマスが一匹入っている。



その周りには。



昨日、海面で浮いてくるのを待っていた回遊魚たち。



その一匹が、熱い湯の噴き出し口へ近づいた。



尾びれを大きく振る。



ばさぁっ!!


ばさぁっ!!



熱い湯がカマスへ押し寄せる。



「うおおおお!! 熱いぜえええ!!」


「かませえええ!!!」



「ロウリュウかよ!!!」



昨日まで海面で待っていただけの回遊魚が。


今日は熱波を送っている。



「さあ!! 一分耐えられるかなー!?」


「耐えかますぜえええ!!!」


「頑張れー!!」


「あと十秒!!」



ばさぁっ!!


ばさぁっ!!



「もっとかませー!!」


「お前ら食う側から熱波師に転職してんじゃねえか!!!」



「残り五秒ー!!」


「かますぜえええ!!!」



ばさぁっ!!



「三!!」


「二!!」


「一!!」



「かますぜえええええ!!!」



ぷかー。



「…………」



「…………」



カマスが浮いた。



海面へ。



ゆっくり。



ぷかー。



パクッ。



「よっしゃあああ!!!」



「食うんじゃねえか!!!」



回遊魚が次のカマスを呼ぶ。



「さあ次の挑戦者ー!! 一分耐えられるかなー!?」


「俺がかますぜ!!」


「耐えかますぜえええ!!!」



ばさぁっ!!


ばさぁっ!!



「…………」



イトヨリが俺の横で感心していた。



「昨日より完成してるっすね」


「完成させんな!!!」

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