第121話 【神子元編】南の海の伝承
朝。
今日は神子元へ向かう。
川奈に来なくなった小鯖を迎えに。
いや。
違う。
仕入れに...
川奈に来なくなった小鯖を探して、事情を聞いて、できれば連れて帰ってくる。
…………。
朝から言葉を選べば選ぶほど、俺たちのやろうとしていることが悪くなっていく。
「チカメさーん! 行くっすよー!」
イトヨリが向こうから泳いできた。
その後ろにキンメダイ。
さらに後ろからキントキダイ。
「準備できたっすか?」
「魚に何の準備があるんだよ」
「心の準備っす!」
「お前は白浜大浜に行く準備だろ」
「それはもうできてるっす!」
「旅行じゃねえんだよ!!!」
キンメダイが俺の横へ来た。
「……おはよう」
「おう」
キントキダイは何も言わず、俺の後ろへ回った。
「なんで朝一番から後方警戒してんだよ」
「出発するから」
「まだ川奈だよ!!!」
その時だった。
「チカメ様」
振り返ると、メジナがこちらへ泳いできた。
一匹ではない。
その後ろには、川奈で長く暮らしている魚たちが何匹かいる。
「なんだよ。見送り?」
「ええ。お願いしたのは私ですからな」
メジナが後ろを振り返った。
「それと、南の海を知る者にも来てもらいました」
「南の海?」
「私どもは神子元までご一緒できませんので」
後ろにいた古参の魚が、ゆっくり前へ出た。
「昔、あちらまで行ったことがありますじゃ」
「おお、ちょうどいい。神子元までの道、分かる?」
「海岸沿いを南へ行けば着きますじゃ」
「それだけ?」
「それだけですじゃ」
「案内が雑!!!」
イトヨリがスマホを取り出した。
「大丈夫っす〜! 困ったらGoogleマッピがあるっす!」
「お前だけ旅の装備が人間なんだよ!!!」
画面を開く。
「ほら、現在地も出てるっす!」
「おお、本当だ」
青い点がある。
川奈。
そして南へ続く伊豆半島。
国道135号。
「…………」
「…………」
俺は画面を拡大した。
海を拡大した。
さらに拡大した。
「道ないけど」
「海っすからね」
「Googleマッピ意味ねえじゃねえか!!!」
「でも方向は分かるっす!」
「最初から南って分かってんだよ!!!」
古参の魚が、スマホを覗き込んだ。
「まあ、下田の辺りまでは海岸沿いに行けば迷うことはないですじゃ」
「それを最初に言えよ!!!」
古参は小さく頷いた。
「ただ――」
南の海を見た。
「あちらへ行くなら、気をつけなされ」
「何に?」
さっきまでと少し声が違った。
「昔から聞く南の海の伝承ですじゃ」
「伝承?」
古参の魚は、南を見たまま言った。
「あちらには、クエよりも大きなハタがおる」
「…………」
俺は城ヶ崎で見たクエを思い出した。
デカかった。
ものすごくデカかった。
あれより?
「どのくらい?」
「分かりませぬ」
「見たことないの?」
「ありませぬ」
「急に信憑性なくなったな!!!」
古参は気にせず続けた。
「岩陰へ入る時には、よく確かめなされ」
「何を?」
「その岩陰が――」
一拍置いた。
「本当に岩陰なのかを」
「…………」
キンメダイが俺の方へ少し寄った。
「どういう意味だよ」
「そのままの意味ですじゃ」
「岩だと思って近づいたら、そいつだったとか?」
「それを確かめるために近づいた者は、帰ってきておりませぬ」
「確認できてねえじゃねえか!!!」
伝承が伝承のままである理由が怖い。
「あと、後ろですじゃ」
「後ろ?」
「決して、後ろを取られてはなりませぬ」
「なんで?」
「一度でも後ろを取られたら――」
古参の魚が俺を見た。
「二度と日の目は見られないですぞ」
「普通に食われてるだけじゃねえか!!!」
俺は反射的に後ろを見た。
キントキダイがいた。
「…………」
「何?」
「後方警戒、ちゃんとやってくれ」
「任せて」
「お前が初めて頼もしく見える」
「失礼な」
「おにい」
妹の声がした。
振り返る。
少し離れたところに妹がいた。
「ん?」
「忘れ物ない?」
「魚に何を忘れろっていうんだよ」
「私」
「…………」
一瞬、言葉が止まった。
「忘れてるよ」
「忘れてねえよ」
妹は俺を見ている。
「昨日、留守番するって言っただろ」
「うん」
「だから忘れ物じゃない」
「そっか」
そう言って、妹は少し笑った。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「おう」
俺たちは南を向いた。
「行くっすよー!」
「おう」
「目指せ白浜大浜!」
「神子元だよ!!!」
キンメダイが俺の横につく。
キントキダイは後ろ。
泳ぎ出す。
しばらくして振り返ると、みんなまだそこにいた。
俺達が尾びれを振る。
みんなも、まだ振っている。
「…………」
川奈が少しずつ遠くなる。
俺は前を向いた。
神子元。
小鯖。
本当に岩なのか分からない岩陰。
そして。
「後方異常なし」
「おう」
「…………」
「…………」
俺はもう一度、後ろを確認した。
「なんでチカメさんまで後方警戒してるんすか?」
「うるせえ! ちょっと怖くなったんだよ!!!」
南の海へ向かった。




