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第120話 【神子元編】どこ行くの?


「…………どこ行くの?」



妹が俺たちを見回した。


俺、イトヨリ、キンメダイ、キントキダイ。


まだ出発すらしていないのに、完全に見つかった。



「神子元」


「神子元?」


「小鯖が川奈に来なくなっただろ? 向こうまで迎えに行ってくれって頼まれたんだよ」


「迎えに?」


「まあ……」


「追い込み漁っす!」


「言い方!!!」



妹がイトヨリを見た。



「小鯖さんを?」


「そうっす! 神子元から川奈まで連れてくるっす!」


「食べるために?」


「…………」


「…………」


「…………」


「なんで全員黙るんだよ!!!」



メジナの病気がもう伝染している。



「まあ、川奈に小鯖がいないと困る魚がいるんだよ」


「おにいは食べないの?」


「…………」


「食べるの?」


「…………食べますね……」


「おにいも迎えに行くんだね」


「その言い方やめて!!!」



俺までメジナ側だった。



「じゃあ、わたしも行く」


「いや、お前は残ってていいよ」


「…………なんで?」


「なんでって、遠いから」



神子元がどれくらい遠いのか、魚になって泳いだことはない。


だが少なくとも、ちょっとそこまでという距離ではない。



「何日かかるかも分からないし、途中で何があるかも分からない。遊びに行くわけじゃないからさ」


「白浜大浜には行くっす」


「お前は黙ってろ!!!」



妹がイトヨリを見た。


イトヨリが目を逸らした。



「イトヨリさんは行くの?」


「行くっす!」


「キンメダイさんも?」


「……うん」


「キントキダイさんも?」


「行く」


「…………」


「なんで俺を見る」


「みんな行くのに?」


「そういう問題じゃないだろ」



妹の目が、もう一度イトヨリへ向いた。



「…………イトヨリさんも?」


「二回確認した!!!」



イトヨリが俺の後ろへ回った。



「なんかあーしだけ確認が多くないっすか?」


「気のせいだろ」


「チカメさん前来てください」


「なんで俺を盾にするんだよ」


「後方警戒なら私がする」


「お前はこの話に入ってくんな!!!」



キントキダイが俺の後ろへ移動した。


イトヨリもいる。


後ろが混んだ。



妹はしばらく俺たちを見ていたが、やがて小さく息を吐いた。



「分かった」


「お、分かってくれた?」


「うん。お留守番してる」


「そうしてくれ」



意外とあっさりだった。



「ちゃんと帰ってきてね」


「当たり前だろ」


「何日?」


「だから分かんないって。神子元まで行ったことないし」


「そっか」



妹は少しだけ黙った。



「気をつけてね、おにい」


「おう」




     ◇ ◇ ◇




明日にはもう出るらしい。



その夜。



「すう……」


「すぅ……」



おにいは、いつも通り眠っていた。


私はその隣で、しばらく目を閉じていた。


明日から、おにいはいない。


朝になれば神子元へ向かう。


何日かかるかは分からないと言っていた。



「…………」



私は薄目を開けて、おにいを小声で呼んだ。



「おにぃ?」



返事はない。



「もう寝た?」



「すう……」



寝ている。



はず。



私は耳元で、もう一度小さく語りかけた。



「おにぃ?」



「すぅすぅ……」



大丈夫。



そっと顔を近づける。


唇が近い……。



「…………」



私はそのまま、おにいの口元を見た。



「ウオノエさん」



少し待つ。


おにいの口元から、小さなウオノエが顔を出した。



「おじゃましま!」


「明日、おにい遠くまで行くんだって」


「おじゃましま!」


「神子元」


「おじゃましま!」


「何日かかるか分からないって」


「おじゃましま!」



私は少し考えた。


今までは、これでよかった。


おにいがどこかへ行っても、夜には帰ってきた。


城ヶ崎へ行っていた時も、毎晩ここへ戻ってきた。


だから夜になれば、ウオノエさんからその日のことを聞けた。


でも、今度は帰ってこない。



「…………ずっと一匹で大丈夫?」


「おじゃましま!」


「…………」


「心配だよね」


「おじゃましま!」


「やっぱり、もう一匹いた方がいいね」


「おじゃましま!」



私は岩陰へ泳いだ。



しばらく進んだところで、誰かの気配がした。



「…………?」



こんな時間に誰だろう。



岩陰から、そっと覗く。



えっ。



キントキダイさん!?



私は咄嗟に身を隠した。



聞かれた!?



岩陰で息を殺し、キントキダイさんの方を見る。



「彼の地より召喚せし、海原を切り裂く青き死の突撃部隊――ブルー・ブリゲイド!!」



えっ……。



「深海より湧き上がる、銀青の殺意……!」



ドキドキドキドキ。



「瞬転する青き災厄め! 我が深淵を覗く時、深淵もまた我を――」



キントキダイさんが止まった。



「誰だ!!!」



しまった!


笑いを堪えられてなかった!?



ドキドキドキドキ。



キントキダイさんが、こちらを睨む。



「…………」


「…………」



「なんだ、伊勢海老か」



バクバクガリガリ。



「…………」



私は今見たことを、忘却の彼方へ沈めるとしよう。


神々が描いた、あの幻を。



私は静かに、そして肩を震わせながらその場を離れた。



しばらくして、おにいのところへ戻る。


その後ろには、小さなウオノエが一匹ついていた。



おにいはまだ眠っている。



「すう……」



私は口元へ近づいた。



「おにい、ちょっとごめんね」



そっと口を開ける。


中を覗く。


先住のウオノエさんがいる。



「この子も一緒に行きますよ」


「おじゃましま!」



新しいウオノエさんに声をかける。



「よろしくね」


「おじゃましま!」



新しいウオノエさんが、おにいの口の中へ入っていった。



私は少し待った。



何も起きない。



「…………」



もう少し待つ。



「…………大丈夫?」



口の中から。



「おじゃましま!」


「おじゃましま!」



「大丈夫みたい」



私はおにいの口をそっと閉じた。



「すう……」



起きない。



そのまま、しばらく寝顔を見ていた。


いつもなら、明日のことなんて気にしない。


朝になればおにいが起きる。


どこかへ行く。


夜になれば帰ってくる。


そして、ここで寝る。



でも明日の夜は帰ってこない。



「…………」



私はおにいの隣へ戻った。



「何日だろ」



返事はない。



「三日くらいかな」


「すう……」


「五日かな」


「すう……」


「…………長いな」



少しだけ、おにいの方へ寄った。



「危ないことしないでね」


「すう……」


「知らない魚についていっちゃダメだよ」


「すう……」


「変なの食べちゃダメ」


「すう……」



少し考える。



「女の子にも……」



止まった。



「…………」



私は何も言わず、おにいを見た。



「すう……」



「…………まあ、いいや」



よくはない。



目を閉じる。



しばらくして、また開ける。



「おにい」


「すう……」


「ちゃんと帰ってきてね」



返事はない。



私は、さらに近づく。

触れるか触れないかの距離。



おやすみなさい



今日もおにいはかわいい。

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