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第119話 【神子元編】通るだけだから


「なんで!?」



さっきまで行くと言っていたキンメダイが、稲取の名前を出した途端にやめた。


キンメダイは俺から目を逸らした。



「別に」


「別にで神子元までの旅行キャンセルする!?」


「旅行じゃないっすよ。小鯖を追い込み漁しに行くんすよ」


「お前が一番旅行気分だっただろ!!!」



白浜大浜で写真を撮ると言っていた奴にだけは言われたくない。



「稲取に何かあるの?」



キンメダイは答えない。


イトヨリが横から顔を覗き込む。



「キンメちゃん、稲取出身とか?」


「…………」


「おっ?」


「違う」


「今の間は絶対なんかあるだろ」



キンメダイが少しだけ俺から離れた。



「行きたくない」


「まあ、嫌なら無理にとは言わないけどさ」



神子元まで行くとなれば、それなりに長い旅になる。


本人が嫌だと言っているのを無理やり連れていく理由もない。



「じゃあキンメは留守番で――」


「稲取なんて通るだけっすよ?」


「イトヨリ」


「だって神子元まで行くんすよ? 稲取に住むわけじゃないっす」


「…………」


「サーッと通れば一瞬っすよ。一瞬!」


「お前、そういう説得するときだけ雑だな」



キンメダイは黙ったまま、少し考えていた。



「……会わない?」


「誰に?」


「…………」


「誰かいるんだな?」



また黙った。


分かりやすい。



「別に会わなくていいだろ。稲取に着いたら観光するわけでもないし」


「えっ」


「なんだよイトヨリ」


「稲取で写真撮らないんすか?」


「小鯖を迎えに行くんだよ!!!」


「金目鯛のオブジェとかあるっすよ?」


「お前さっきから完全に伊豆旅行じゃねえか!!!」



キンメダイがぴくっと動いた。



「……金目鯛」


「あ」



イトヨリも止まった。



「キンメちゃん、もしかして同族に会いたくないんすか?」


「…………」


「稲取ってキンメで有名だもんな」



人間だった頃の俺でも知っている。


稲取といえば金目鯛。


煮付け、刺身、しゃぶしゃぶ。町を歩けばだいたい赤い魚がいる。



「…………昔、いたから」


「稲取に?」


「うん」



キンメダイはそれだけ言って、黙った。


俺とイトヨリも少し待った。


続きがない。



「終わり?」


「うん」


「そこまで言ったらもうちょっと教えてくれよ!!!」



キンメダイが面倒そうにこっちを見る。



「嫌だった」


「何が?」


「キンメダイ」


「お前もキンメダイだろ!!!」



イトヨリが吹き出した。



「同族嫌いだったんすか?」


「違う」


「じゃあ何されたの?」


「…………」



また黙る。


こいつから事情を聞き出すの、めちゃくちゃ時間かかるな。



「いじめられてた?」


「…………うん」



あっさり認めた。



「えっ」


「えっ、って何」


「いや……」



俺はキンメダイを見た。


普段から無口で、何を考えているのかよく分からない。


福音を見つければ誰のものでも普通に食うし、危険な場所にも意外とついてくる。


そんなこいつが、稲取という名前だけで行くのをやめる。



「そんな嫌だったのか」


「嫌だった」


「…………そっか」



そこまで言われると、さすがに軽く扱えない。



「じゃあ無理して来なくていいよ」


「でも神子元行きたい」


「どっちなんだよ!!!」



キンメダイは少し考えた。



「稲取だけ嫌」


「伊豆半島の一地点だけピンポイントで拒否するなよ!!」


「迂回できないんすか?」


「できるの?」


「知らないっす!」


「知らねえのに提案すんな!!!」



海に道路はない。


とはいえ、わざわざ大きく沖へ出て稲取を避けるのもおかしい。


そもそも神子元まで行く途中で、俺たちがどこをどう通るのかすらまだ決めていない。



「じゃあさ」



俺はキンメダイを見た。



「稲取は通るだけにしよう」


「…………」


「誰かに会いそうになったら、その時は俺たちが先に行く。お前は後ろにいればいい」


「後方警戒なら私に任せて」



いつの間にかキントキダイがいた。



「いつ来た!?」


「さっき」


「どこから聞いてた!?」


「稲取だけ嫌、くらいから」


「一番微妙なところから聞いてる!!!」



キントキダイはキンメダイの横まで泳いできた。



「後ろなら安全」


「お前が言うと説得力あるのかないのか分かんねえな」



普段から俺を盾にして後方警戒している奴だ。


ただ、キンメダイは少しだけ考えてから、キントキダイを見た。



「……後ろにいていい?」


「いいよ」


「俺じゃなくてそっちに聞くの!?」



キンメダイが俺の横へ来た。


さっきまでより、ほんの少し近い。



「じゃあ、行く」


「結局来るのか」


「うん」


「まあ……それならいいけど」



イトヨリが嬉しそうに尾を振った。



「四匹っすね!」


「お前、当然のようにキントキダイも数えてるけど、まだ誘ってないぞ」


「私も行く」


「早いな」


「神子元でしょ?」


「そう」


「分かった」


「お前は稲取平気なの?」


「平気」


「即答!!!」



キンメダイがじっとキントキダイを見た。



「…………」


「何?」


「別に」



なんだ、その顔。



「じゃあ四匹で決まりっすね! チカメさん、いつ出発するっすか?」


「その前に準備だろ。神子元まで行くんだから」


「じゃあ白浜大浜で――」


「準備に観光地を入れるな!!!」



その時だった。



「おにい」



背後から声がした。



振り返る。



妹がいた。



「…………どこ行くの?」



そういえば。



こいつにまだ何も言ってなかった。

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