第116話 新子の季節
川奈の浅場に、アオリイカの新子が増えていた。
まだ小さい。
透き通った身体で、数匹ずつ固まって泳いでいる。
ダイバーにも大人気で見ているぶんには、かわいい。
「おっ! ベラ見っけ!!」
「出っ歯ー!!」
「出っ歯のねずみ小僧ー!!」
「うるせえ!!」
見ているぶんには...
「キスだー!!」
「キスしろー!!」
「キース!キース!キース!無視してんじゃねーぞ!!」
「しねえよ!!」
チカメは少し離れたところから、その様子を見ていた。
「……なんだあいつら恐ろしい」
イトヨリが笑った。
「新子っすねー。最近めっちゃいるっす」
「いや、それは分かるんだけど」
浅場の魚を見つけては寄っていく。
そして煽る。
とにかく煽る。
一匹のブダイが通りかかった。
「あっ! おばちゃん!」
「おばちゃん何歳ー?」
「こら! おばちゃんに歳聞いたら失礼だろ!」
「お前もおばちゃんって言ってんだよ!!!」
「あはははは」
怒ったブダイが追いかける。
新子たちは散った。
「逃げろー!!」
「おばちゃん怒ったー!!これが昭和のオバタリアンかー!!」
「待ちなさい!!」
ぶしゅっ。
墨を吐いて逃げた。
「最悪だな、あいつら!!」
しばらくすると。
今度はハゼを見つけた。
「ハゼだー!!」
「爆ぜろシナプス!!」
びくっ!
「…………」
チカメが横を横目で見る。
キントキダイが固まっていた。
「...」
キントキダイは何事もなかったような顔に戻った。
そして、チカメの後ろに移動した。
「…………」
昨夜。
甲殻類が俺を呼んでいる。
そんな声を聞いた気がする。
「…………」
「何?」
「いや、なんでもない」
新子たちは次の獲物を探していた。
「トラギスだー!」
「虎だ! 虎だ! お前は虎になるのだー!!」
「ならねえよ!!」
チカメは口元を押さえた。
「そこ……そこは……ワルプルギス……ギス……プププ」
「チカメ?」
「いゃ、思い出し笑いだ」
危ない危ない
「スズメダイだー!」
「飛べー!!」
「飛べるか!!」
浅場がうるさい。
「この時期は毎日これっすよねぇ」
イトヨリが言った。
近くにいたベラが歯を剥き出しにした。
「本当毎日だよ!!」
ブダイも戻ってきた。
「もう我慢できないよ!」
「大人呼んできなさいよ!」
「大人?」
チカメが聞いた。
「アオリイカの大人だよ!」
「親みたいなのがいるのか」
「さすがに大人なら話が分かるでしょ!」
「まあ……そうだな」
しばらくして。
沖の方から、一匹の大きなアオリイカがやってきた。
「これはこれは」
ゆっくりと近づいてくる。
「皆様、うちの新子たちがご迷惑をおかけしたようで」
「…………」
「拙僧からも、深くお詫び申し上げます」
チカメは首を傾げた。
「拙僧?」
新子たちが静かになった。
さっきまであれだけ騒いでいたのに、大人のアオリイカの前に並んでいる。
「昔は拙僧も、ずいぶんと煽り散らしておりましてな」
「お前もかよ」
「あまりに酷いものですから、寺に預けられまして」
「寺!?」
「それはそれは厳しく育てられました」
大人アオリイカは穏やかに笑った。
「今ではこの通りでございます」
「…………」
チカメは何も言わなかった。
「では拙僧から、新子たちに少々説教を」
ベラがほっとした。
ブダイも頷いた。
ようやく静かになる。
「まず、君」
「はい……」
「先ほど、ベラ殿に出っ歯と申しましたな?」
「…………はい」
「いけません」
「ごめんなさい……」
「もし、もしですよ、、、あなた捕まったら、食べられてしまいますよ。いゃいゃもしですよ、、釣られても、なんらかしかの事故で地上に追いやられても、、我々美味しいらしいですからね?」
「え?えっ、、、、」
「あー……君も、捕まりそうな顔してますねぇ」
「…………」
「大丈夫かなー」
「…………」
「あー、心配だなー」
「ご、ごめんなさい……」
チカメは大人アオリイカを見た。
「…………」
次の新子が呼ばれた。
「君は群れから離れて、ずいぶん好き勝手していたそうですな」
「…………はい」
「その大きさのまま群れから離れたら、すぐキハダに食われますぞ」
「えっ」
「あー、いいのかなー仲間外れにされちゃうかもなー」
「…………」
「協調性なくて平気なのかなー?」
「も、戻ります……」
「そうですかそうですか」
大人アオリイカは優しく頷いた。
「みんな良い子で拙僧は嬉しいですぞ」
「…………」
「追い込んだよな?」
その時。
後ろにいた新子が言った。
「おっさん話なげー!」
全員が黙った。
「…………」
大人アオリイカが、ゆっくり振り返った。
「君」
「…………」
「今、拙僧にタメ口をききましたな?」
「…………うん」
「うんうんうん」
大人アオリイカは笑った。
「元気があって大変よろしい」
「…………」
「知り合いのハタ君のところへ、一緒に行きますかな?ちょうど今お口の中が寂しいみたいだから一緒に見にいってみようかぁ、、ねぇ」
「ごっ、ごめんなさい!!」
「何されるんだよ!!!」
新子は慌てて列に戻った。
大人アオリイカは、もう一匹を悲しくそして冷ややかな目で見た。
「ところで君...」
「はい……」
「君は〜……アオリイカではないかもしれませんな」
「えっ」
「マルイカの子供かも」
「えっ……?」
「間違えてこちらへ来てしまったのかなー?」
新子が自分の身体を見た。
「ぼ、僕……アオリイカだよ」
「そうですかなー?」
「うん……」
「イカの王様、アオリイカだとでも思っちゃったのかなー?」
「えっ……」
「やめろよ! 本人が分かんなくなってきてるだろ!!」
大人アオリイカは少し考えた。
「んー」
そして笑った。
「でも拙僧、普通のイカがアオリイカになる方法を知っておりますぞ」
「えっ!」
新子の目が輝いた。
「知りたいですかな?」
「知りたい!」
「ではまず、大人の言うことをよく聞きましょう」
「はい!!」
「大人の煽り方恐い!!」
説教が終わった。
新子たちは、きれいに並んでいた。
「静かになったっすねー」
「なったけど……」
チカメは大人アオリイカを見た。
「寺で何習ったんだよ」
その時だった。
沖から一隻の船がやってきた。
「あっ!」
イトヨリが声を上げた。
「また高橋◯也っす!!」
「えっ!?」
チカメも見る。
「まだ伊東で釣りしてるよ! この人!!」
「貯め撮りっすね〜世知辛っすねぇ」
「撮影事情を推測すんな!!!」
船の上では、何事もなかったかのように撮影が始まっていた。
「今日はですね、アオリイカを狙っていきたいと思います」
「....」
高橋◯也が竿を構えた。
「アオリイカを釣る時はですね」
竿を大きく動かす。
「こうやって、大きく煽ります」
「…………」
チカメが大人アオリイカを見た。
「煽るの?」
エギが大きく跳ね上がった。
「そしてフォール」
ゆっくり沈んでくる。
大人アオリイカが見た。
「…………」
もう一度。
「また大きく煽って」
エギが跳ねる。
「…………」
大人アオリイカの身体が、すっと前へ出た。
「おい」
沈む。
「おい、拙僧」
大人アオリイカの目がエギを追う。
「さっきまでの説教思い出せ!!」
次の瞬間。
バッ!
「拙僧おおおおおおおお!!!」
竿が曲がった。
「あ、来ましたねー」
高橋◯也が巻き上げる。
新子たちが騒ぎ出した。
「拙僧ー!!」
「拙僧が釣られたー!!」
「おじさーん!!」
「誰がおじさんですかなあああああ!!!」
海面へ消えていった。
「元気なアオリイカですねー」
高橋◯也の声が聞こえた。
「いいサイズです」
チカメたちは海面を見上げた。
「…………」
高橋◯也が言った。
「今日はスタッフのみなさんと、活イカで乾杯します」
「…………」
新子たちも黙った。
「…………」
チカメは呟いた。
「これが本当の――」
「喝!イカか!!!」




