第114話 七日前
時は戻って。
七日前。
明日から、おにいはしばらく遠くへ行くらしい。
富戸とか。
城ヶ崎とか。
イトヨリさんたちと。
「…………」
私も行こうと思ってた。
でも。
おにいは今、よく寝ている。
口も少し開いている。
「…………」
私は、隣にいた小さなウオノエさんを見た。
「ウオノエさん」
「おじゃましま!」
「今日から、ここがあなたのお家ですよ……」
私は、おにいの口をそっと開いた。
「おじゃましま!」
もぞもぞ。
ウオノエさんが、おにいの口の中へ入っていった。
「…………」
これなら。
私がついていかなくても。
大丈夫。
翌日の夜。
「ただいまー」
おにいが帰ってきた。
「おかえり、おにい」
「疲れたー。なんなんだよ、あいつら……」
おにいはそう言うと、今日あったことを少しだけ話して、そのまま眠ってしまった。
しばらく待つ。
すう。
すう。
よく寝ている。
私は、おにいの口元に顔を近づけた。
「ウオノエさん」
もぞ。
「おじゃましま!」
「おかえりなさい」
「おじゃましま!」
「今日は富戸だったんですね」
「おじゃましま!」
「イトヨリさんも」
「おじゃましま!」
「そうですか」
私はウオノエさんの話をしばらく聞いた。
「ありがとうございます」
「おじゃましま!」
「じゃあ、お家に戻ってください」
「おじゃましま!」
もぞもぞ。
ウオノエさんが、おにいの口の中へ戻っていった。
おにいは起きなかった。
次の日。
「ただいまー」
「おかえり、おにい」
今日も、おにいは疲れていた。
少し話して。
眠った。
「ウオノエさん」
もぞ。
「おじゃましま!」
「今日は大変だったんですね」
「おじゃましま!」
「鳥まで集めたんですか?」
「おじゃましま!」
「イトヨリさんも?」
「おじゃましま!」
「へー……」
「おじゃましま!」
「そうですか」
私は、空っぽの二枚貝の殻に巻貝を入れた。
カラカラカラ……。
「おじゃましま!」
「へー…………」
カラカラカラカラ……。
「おじゃましま!」
「そうですか」
私は巻貝を置いた。
「じゃあ、お家に戻ってください」
「おじゃましま!」
もぞもぞ。
おにいは、よく寝ている。
次の日も。
「おじゃましま!」
「なるほど」
「おじゃましま!」
「そうだったんですね」
「おじゃましま!」
「へー……」
その次の日も。
「おじゃましま!」
「へー…………」
「おじゃましま!」
「そうですか」
「おじゃましま!」
「イトヨリさん、楽しそうですね」
「おじゃましま!」
「…………へー」
毎朝、おにいは出かけていった。
毎晩、おにいは帰ってきた。
そして。
おにいが眠ると。
「ウオノエさん」
「おじゃましま!」
一日の続きを、私は聞いた。
そして七日目。
今日は、みんな帰りが遅い。
カラカラカラ……。
カラカラ……。
「…………」
カラカラカラ……。
「あっ」
遠くから、おにいが泳いできた。
「おかえりなさい。ずいぶん遅かったね……」
カラカラ……。
「ただいまー……」
「今日はどうだった?」
「疲れた……」
カラ……。
「クエは?」
「釣られた」
「教祖に?」
「違う」
「じゃあ誰に?」
「ステラ使ってたプロ」
「名前は?」
「高橋◯也」
「ステラが先なんだ」
「そこは大事だろ」
おにいは、そのまま横になった。
「でも教祖もブリ釣ってた」
「へー」
「ヒラマサだと思ってた」
「へー」
「…………」
すう。
すう。
寝た。
私はしばらく待ってから、おにいの口元へ近づいた。
「ウオノエさん」
もぞ。
「おじゃましま!」
「今日は城ヶ崎だったんですね」
「おじゃましま!」
「クエさん、釣られちゃったんですか」
「おじゃましま!」
「高橋さんという人に」
「おじゃましま!」
「へー……」
「おじゃましま!」
「…………」
「おじゃましま!」
「イトヨリさんは?」
「おじゃましま!」
「へー…………」
「おじゃましま!」
「へー………………」
私は、眠っているおにいを見た。
すう。
すう。
「ありがとうございます」
「おじゃましま!」
「明日もお願いしますね」
「おじゃましま!」
「じゃあ、お家に戻ってください」
「おじゃましま!」
もぞもぞ。
ウオノエさんは、おにいの口の中へ帰っていった。
私は、その口をそっと閉じた。
すう。
すう。
今日もかわいい。




