【城ヶ崎遠征編】第112話 撮影会があると聞きました
あと三日。
城ヶ崎海岸。
門脇つり橋の下。
「人、多いっすねー」
イトヨリが海面から上を見た。
つり橋の上には観光客。
写真を撮る人。
動画を撮る人。
自分を撮る人。
釣り竿を持っている人間は、ほとんどいない。
「本当にここでやるの?」
「昨日分かったじゃないっすか」
「あーしらが釣り人に見せても、誰もSNSに上げてくれなかったっす」
「昨日の釣り人だけで釣り人全体を判断するなよ」
イトヨリがスマホを掲げた。
「でも、ここならみんなスマホ持ってるっす」
俺はもう一度、つり橋を見上げた。
確かに。
撮っている。
景色を。
海を。
自分を。
「今日は釣られるんじゃなくて、撮られるっす!」
「俺たち最終的に何やってんだろうな……」
「撮影会があると聞きましたわ!!」
下から声がした。
「え?」
ミノカサゴが上がってきた。
その後ろから。
ホウボウまで上がってきた。
「なんでお前らいるの!?」
「撮影会なのでしょう?」
「聞きましたわよ!」
「いや、そうじゃなくて!」
俺は二匹を見る。
「どうやってここまで来たの!?」
「このデカサバに運んでもらいましたわ」
「この?」
俺は周りを見る。
「どの?」
ホウボウも周りを見る。
「この……?」
イトヨリが下を見た。
「あー! 沈んでるっす!!」
「え!?」
見ると。
少し下で。
でかいサバが、腹を上にして沈んでいっていた。
「毒が……毒が……」
「ミノカサゴ乗せたの!?」
「途中までは元気でしたわ」
「途中で気づけよ!!!」
ミノカサゴが首を傾げた。
「わっちは何もしておらぬぞ」
「乗ってるだけで危ねえんだよ!!!」
「ちなみに、わたくしも一緒に乗せていただきましたわ!」
ホウボウが胸を張った。
「二匹乗ってたの!?」
イトヨリが沈んでいくデカサバを見る。
「撮影会の送迎で一匹犠牲になったっす……」
「勝手に殺すな!! まだ生きてる!!!」
ホウボウが胸を張った。
「当然、わたくしも参加いたしますわ!」
「何の撮影会だと思ってんだよ!!」
ミノカサゴがくるりと回った。
「わっちは、どこにいればよいのじゃ?」
「たぶんどこにいても写真には写らねえよ!!」
「なんじゃと!?」
「橋から魚一匹撮れると思ってんの!?」
ホウボウが大きな胸びれを広げた。
「では、これならいかがですの!?」
「ポーズの問題じゃねえよ!!」
ホンガツオが前へ出た。
「始めるぞ!」
イワシが海面へ集まる。
サバとソウダガツオがその周囲を走る。
海面が一気に騒がしくなった。
鳥が集まり始める。
「うわっ!」
「魚すごい!」
「なにあれ!?」
つり橋の上から声が降ってきた。
スマホが一斉に海へ向く。
「来たっす!!」
「撮ってる!!」
そして。
ホンガツオが上空を見た。
「鳥山モード!」
「それもやるの!?」
鳥が急降下する。
ホンガツオたちが海面へ出る。
尾びれをくわえられ。
持ち上がる。
魚が。
空を飛んだ。
「うわあああ!!」
「なにあれ!!」
「魚が鳥に捕まってる!!」
ホンガツオが空中で身体をひねる。
鳥の嘴から抜ける。
落下。
バシャーン!!
続いて。
もう一匹。
バシャーン!!
「バンジー始まったっす!!」
「観光地でやるとアトラクションにしか見えねえ!!!」
つり橋の上が騒がしくなる。
「あっち!」
「また飛んだ!」
「動画撮って!」
その声を聞きつけて。
さらに人が集まってきた。
つり橋だけじゃない。
遊歩道から。
展望台から。
周辺にいた観光客まで、海を見に集まってくる。
「人、増えてない!?」
「めちゃくちゃ集まってきてるっす!!」
数十人どころじゃない。
あっちもスマホ。
こっちもスマホ。
海より上の方が騒がしくなっていた。
「チカメさん!!」
イトヨリがスマホを見る。
「もう上がってるっす!!」
「え!?」
「動画っす!」
さっき始めたばかりなのに。
もう。
俺たちが映っていた。
「早すぎるだろ!!!」
「また上がったっす!」
「もう!?」
「こっちにもあるっす!」
「何人撮ってんだよ!!」
イトヨリが画面をスクロールする。
同じ鳥山。
同じナブラ。
同じバンジー。
角度だけが違う。
「チカメさん、これもっす!」
「もういいよ!! 俺も現場にいるんだよ!!!」
「わっちは映っておるか?」
ミノカサゴが覗き込んできた。
「知らねえよ!」
「探すのじゃ」
「なんで俺が!?」
「わたくしもお願いいたしますわ!」
ホウボウまで寄ってきた。
「お前ら何しに来たんだよ!!!」
イトヨリが画面を拡大する。
「…………たぶん、このへんにいるっす」
「どれじゃ?」
「この赤い点っす」
「…………」
「わっちは点ではないぞ」
「写真では点なんだよ!!!」
「わたくしは!?」
「その隣の赤い点っす」
「わたくしまで点ですの!?」
「橋から見たら全員点だよ!!!」
「チカメさん!」
イトヨリがまた画面を見た。
「今度はなんだよ」
「どんどん増えてるっす」
写真。
動画。
また動画。
画面を更新するたびに。
城ヶ崎の海が出てくる。
「これ、もう拡散されてるっすよ」
「もう!?」
「はい。別の人が同じ動画を載せてるっす」
「さっき撮ったばっかりだぞ!?」
俺は海面から上を見た。
まだ撮っている。
今この瞬間にも。
新しい動画が作られている。
「これだけあれば……」
イトヨリがスマホを見つめる。
「教祖も、どこかで見るかもしれないっすね」
「…………ああ」
やっと。
やっと教祖まで届くかもしれない。
「では、わたくしもそろそろ撮られる準備を――」
「まだ撮影会やってたのお前だけだよ!!!」
夕方。
観光客は、まだいた。
投稿も増え続けていた。
でも。
海上レクサスは来なかった。
「…………来ないっすね」
「まあ、今日上がったばっかりだからな」
俺はイトヨリのスマホを見る。
画面の中では。
今日の俺たちが、何度も何度も空を飛んでいた。
「これだけ出てりゃ、さすがにどっかで見るだろ」
「明日っすね」
「ああ」
あと二日。
第112話 終
【教祖と海の経典】
■ 門脇つり橋
城ヶ崎海岸に架かる、長さ48m・高さ約23mの吊り橋ですな。
断崖絶壁と海を眺められる、城ヶ崎海岸を代表する名所のひとつですぞ。
■ 鳥山
大型魚に追われて水面近くへ逃げてきた小魚を狙い、海鳥が上空に群がっている状態ですな。
釣り人にとっては、大型魚の居場所を教えてくれるありがたい目印ですぞ。
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■ ホンガツオ
いわゆる「カツオ」ですな。高速で泳ぐ大型の回遊魚ですぞ。
■ ホウボウ
「グーグー」と鳴き、胸びれの下にある脚のような部分を使って海底を歩くように移動する魚ですな。
■ ミノカサゴ
美しい姿でダイバーにも人気ですが、背びれなどのトゲには強い毒がありますぞ。
■ ソウダガツオ
カツオによく似た回遊魚。マルソウダとヒラソウダの二種類がおりますぞ。
■ イトヨリ
正式にはイトヨリダイ。鮮やかな黄色い線と、糸のように伸びた尾びれが特徴の美しい魚ですな。
■ 城ヶ崎海岸
静岡県伊東市にある壮大な海岸ですな。
約4000年前、大室山の噴火で流れ出した溶岩が海へ達し、現在の独特な海岸を作りましたぞ。
■ シマノ(SHIMANO)
自転車部品や釣具などを世界で展開するメーカーですな。
えっ? 釣具メーカーじゃないの!?




