【城ヶ崎遠征編】第111話 釣り人は釣れました
あと五日。
「待つのやめるぞ」
富戸漁港沖。
昼まで待っても、教祖は来なかった。
「でもチカメさん、待たなかったら教祖が来ても分からないっすよ?」
「昨日ここでブリ釣ったんだぞ。それでも来ないんだ。もうここで待ってても仕方ない」
俺は南を見る。
「こっちから行く」
「どこへ?」
「釣り人がいるところ」
キントキダイが首を傾げた。
「教祖がいるの?」
「いない」
「じゃあ意味ないじゃん」
「釣り人に見せるんだよ」
鳥山。
ナブラ。
釣り人なら絶対に気づく。
これだけ派手にやれば、どこかで教祖の耳にも入るかもしれない。
「それなら、いがいが根だ」
ホンガツオが言った。
「この先に釣り人が集まる磯がある」
「そこ行こう」
城ヶ崎海岸をさらに南へ行ったところにある磯釣り場。
教祖はいない。
だが。
釣り人はいる。
「よし。いがいが根まで行くぞ!」
しばらくして。
岩場が見えてきた。
「いたっす!」
イトヨリが海面を見上げる。
磯の上に、人間がいる。
一人。
二人。
三人。
竿を出している。
「釣り人だ!」
「よし!」
ホンガツオが前へ出た。
「全員、配置につけ!」
イワシが海面へ。
サバとソウダガツオが周囲へ。
その上には鳥。
「始めろ!!」
ばしゃばしゃばしゃ!!
イワシが海面を騒がせる。
サバが走る。
ソウダガツオも走る。
鳥が旋回する。
いがいが根の前に、巨大なナブラができた。
「どうっすか!?」
「絶対気づくだろ!」
磯の上。
釣り人の一人が、こちらを見た。
竿を持った。
ヒュン。
仕掛けが飛んできた。
ぽちゃん。
もう一人も気づいた。
ヒュン。
ぽちゃん。
さらに一人。
ヒュン。
ぽちゃん。
「チカメさん!」
「なんだ!?」
「釣り人には大人気っす!!」
「教祖に伝えたいんだよ!!!」
磯の上が急に忙しくなった。
さっきまで別々の場所へ仕掛けを入れていた釣り人たちが。
全員。
こっちへ投げている。
「全員!! 仕掛けには近づくな!!」
ホンガツオが叫ぶ。
「特に小さい者は下がれ!」
「幼女たちっすか?」
「その呼び方定着させんな!!!」
イワシたちが少し沈む。
「おい!! ナブラが消えるぞ!!」
「人間が投げてきたからだよ!!」
「戻せ!!」
「釣られるよ!!」
「じゃあ戻すな!!」
「難しいなこれ!!!」
海面を騒がせれば釣り人が投げる。
投げられると魚が逃げる。
魚が逃げるとナブラが消える。
「もうちょっと離れてやるぞ!!」
全員で少し沖へ移動する。
ばしゃばしゃばしゃ!!
ヒュン。
ぽちゃん。
「届いた!!」
「もっと沖!!」
ばしゃばしゃばしゃ!!
ヒュン。
ぽちゃん。
「また届いた!!」
「なんでだよ!!」
「釣り人も必死っす!!」
「頑張らなくていいんだよ!!!」
さらに沖へ。
ばしゃばしゃばしゃ!!
今度は仕掛けが少し手前に落ちた。
「よし!! 届かない!!」
そのとき。
磯の上で、別の釣り人が大きく竿を振った。
ヒュン――。
何かが。
ものすごい勢いで飛んできた。
「チカメさん!! 遠投カゴ釣りがすごい飛距離出してくるっす!!」
「まだ届くの!?」
バシャッ。
俺たちのすぐそばへ、カゴが落ちた。
そして。
海中にオキアミが広がった。
「…………」
「福音だ!!!」
魚たちが一斉に走った。
「待てええええ!!!」
「福音!!」
「福音だ!!」
「今仕事中だぞ!!!」
さっきまで仕掛けから逃げていた魚たちが。
今度は福音めがけて殺到していく。
「お前ら仕事忘れてんじゃねえよ!!!」
結局。
教祖は来なかった。
翌日。
俺たちは、またいがいが根の前にいた。
「昨日あれだけ派手にやったんだぞ」
「あーしも、絶対誰か載せてると思ったっす」
「釣りブログとかSNSとかに昨日のこと書かれてないの?」
「あー」
イトヨリがスマホをいじる。
「…………ないっすね」
「なんでだよ!! あんなに釣り人いたじゃん!!」
イトヨリが磯の上を見る。
今日も釣り人がいる。
「昨日の人たち、おじいちゃんばっかりでしたからねー」
「関係ある!?」
「SNSとかやってないんじゃないっすか?」
「偏見だろ!!」
そのとき。
海の向こうから。
魚が来た。
一匹。
二匹。
十匹。
「…………なんで今日こんなにいるの?」
「昨日ここで福音が降ったって聞いた!」
「今日も降るんだろ!?」
「福音は!?」
「お前らナブラ作りに来たんじゃねえの!?」
昨日。
遠投カゴ釣りのカゴから福音が撒かれた。
それを聞きつけた魚たちが。
勝手に集まっていた。
「まあいい! ちょうどいい!!」
ホンガツオが前へ出る。
「全員、配置につけ!」
ばしゃばしゃばしゃ!!
今日もナブラが始まった。
鳥が集まる。
イワシが跳ねる。
サバとソウダガツオが走る。
そして。
福音目当てで集まった魚たちまで海面を騒がせる。
昨日より。
明らかにでかい。
ヒュン。
ぽちゃん。
ヒュン。
ぽちゃん。
釣り人たちが次々と仕掛けを投げてくる。
そこへ。
イナダが突っ込んできた。
「なんだここ!!」
「福音あるぞ!!」
「食えるのいっぱいいるぞ!!」
「お前らは食うな!!!」
ヒュン。
ルアーが飛んできた。
ぽちゃん。
「そっちも食うなよ!!」
パクッ。
「食ったああああ!!!」
磯の上で竿が曲がった。
イナダが走る。
ジジ……。
イトヨリが耳を澄ませた。
「…………」
「どうした?」
「ドラグ、鳴らないっすね」
「魚が釣られてんだぞ」
イナダはそのまま磯へ寄せられていった。
しばらくして。
別のイナダが来た。
パクッ。
「また食った!!」
ジ……。
「…………」
イトヨリはドラグを聞けなくて悲しそうだった。
「鳴らないっすね……」
「なんでお前が切なくなってんだよ」
さらに。
大きな魚影が海面近くを走ってきた。
「チカメさん!!」
イトヨリの目が輝いた。
「シイラっす!!」
「おお!」
「今度はシイラなので期待っす!」
「何を期待してんだよ!!」
シイラがルアーを追う。
パクッ。
食った。
竿が曲がる。
ジジッ。
「…………」
シイラが海面から飛び出した。
「思ったよりペンペン、小型シイラっすね……」
そのまま。
ぶんっ。
磯の上へ飛んでいった。
「いったん木綿のように飛んでいったっす」
「お前、大丈夫か?」
釣り人は楽しそうだった。
魚も福音を食べて楽しそうだった。
イトヨリはドラグを聞けなくて悲しそうだった。
「…………教祖は?」
「来てないっすね」
昨日も来なかった。
今日も来ない。
釣り人に見せること自体は成功している。
むしろ成功しすぎている。
でも。
教祖には届いていない。
「チカメさん」
「ん?」
「釣り人に見せるの、やめるっすか?」
「じゃあ誰に見せるんだよ」
イトヨリがスマホを見る。
「もっとSNSやってそうな人が、いっぱい集まるところでやればいいんじゃないっすか?」
「そんなところ、この辺にあるの?」
「あるっすよ」
イトヨリが画面を見せた。
城ヶ崎海岸。
門脇つり橋。
「…………釣り人いないじゃん」
「観光客なら、いっぱいいるっす」
イトヨリが画面を指した。
「しかもクエの棲家と、ほぼ同じ場所っす」
「…………」
「撮ってもらうっす」
釣り人に見せても届かない。
なら。
釣りをしない人間に見せる。
「明日、行くぞ」
あと三日。
第111話 終
【教祖と海の経典】
■ いがいが根
大室山の噴火で流れ出した溶岩によってできた、城ヶ崎海岸の一部ですな。磯釣り場としても知られておりますぞ。
■ シイラ
暖かい海を回遊する大型魚ですな。強烈な引きとジャンプで、釣り人にも人気ですぞ。
■ ペンペン
釣り人が小型のシイラを呼ぶときの俗称ですな。かわいい名前ですが、シイラですぞ。
■ ホンガツオ
いわゆる「カツオ」ですな。高速で泳ぐ大型の回遊魚ですぞ。
■ ホウボウ
「グーグー」と鳴き、胸びれの下にある脚のような部分を使って海底を歩くように移動する魚ですな。
■ ミノカサゴ
美しい姿でダイバーにも人気ですが、背びれなどのトゲには強い毒がありますぞ。
■ ソウダガツオ
カツオによく似た回遊魚。マルソウダとヒラソウダの二種類がおりますぞ。
■ イトヨリ
正式にはイトヨリダイ。鮮やかな黄色い線と、糸のように伸びた尾びれが特徴の美しい魚ですな。
■ 城ヶ崎海岸
静岡県伊東市にある壮大な海岸ですな。
約4000年前、大室山の噴火で流れ出した溶岩が海へ達し、現在の独特な海岸を作りましたぞ。




