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【城ヶ崎遠征編】第110話 今日はもう満足ですぞ


鳥山は、少しずつ南へ進んでいた。



その下ではイワシが海面を騒がせ、その周囲をサバやソウダガツオが泳いでいる。



ブォォォォォ――。



後ろには海上レクサス。



教祖もちゃんとついてきている。



「よし。このまま行くぞ!」


「順調っすね!」


「今度こそ余計なことすんなよ!」


「誰に言ってるの?」


「主にお前だよ!!」



キントキダイが不満そうな顔をした。



さっきルアーに食いついて釣られかけたやつの顔ではない。



「城ヶ崎まで、あとどのくらいっすか?」


「まだある。今は――」



周囲を見る。



見覚えのある漁港が見えた。



「富戸漁港沖だな」



川奈から、かなり南へ来た。



その頃には。



海面を埋めるイワシ。



その周囲を走るサバとソウダガツオ。



さらに上空には鳥の群れ。



富戸漁港沖に、でかいナブラができあがっていた。



当然。



こんなものを見れば、近くの魚も寄ってくる。



「なんだなんだ!?」


「祭りか!?」


「餌か!?」



「来るな来るな!! これは違う!!」



富戸の魚たちだった。



騒ぎを聞きつけた魚が、次々とナブラへ飛び込んでくる。



「イワシいっぱいいるぞー!!」


「サバもいるぞー!!」


「だから食うな!!!」



遅かった。



ばくっ。



「うわあああ!!」



イワシが一匹消えた。



「食ったああああ!!!」



「餌じゃねえの!?」


「今は食うな!! こいつら仲間なんだよ!!」



今度は小型のサバが追われ始めた。



「うわっ! こっち来た!!」


「逃げろ!!」



小型のサバが逃げる。



富戸の魚が追う。



「待て!! そいつも食うな!!」



ばくっ。



「遅かったああああ!!!」



せっかく作った鳥山の下で。



本物の捕食が始まった。



イワシが逃げる。



小型のサバが逃げる。



富戸の魚が追う。



それを見て、さらに別の魚まで寄ってくる。



「祭りだー!!」


「祭りじゃねえ!!」



ホンガツオが前へ出た。



「貴様ら!!」



低い声が響く。



富戸の魚たちが振り返った。



「遠足中の幼女たちを食すとは!」



「…………」



「ハレンチな!!」



「…………」



富戸の魚たちが顔を見合わせた。



「なんかどう反応すればいいの!!!」



「俺にも分からねえよ!!!」



「幼女ってどれ!?」


「イワシだ!」


「イワシだよね!?」


「遠足だったの!?」


「今日からそうなったらしい!!」



「私語を慎め!!」



「理不尽!!!」



その間にも。



ばくっ。



「ああっ!!」



またイワシが一匹消えた。



ホンガツオが振り返る。



「今食ったのは誰だ!!」


「すみません!!」


「そこへ並べ!!」


「どこに!?」


「知らん!!」


「風紀が追いついてない!!!」



もうナブラなのか。



祭りなのか。



食事会なのか。



何をしているのか分からない。



ただ一つ確かなのは。



海上から見れば。



ものすごく釣れそうだった。



ヒュン。



「来た!!」



ぽちゃん。



教祖のルアーが落ちてくる。



「全員!! ルアーは食うなよ!!」



「分かってるっす!」



「分かってる!」



「…………」



「キントキダイ!!」


「食べないよ!!」



ルアーが群れの横を通る。



イワシが散る。



サバが避ける。



ソウダガツオも耐える。



「よし!」



その時。



「おおー!!」



太い声がした。



「今度はなんだ!?」



魚の群れの向こうから。



でかい魚が一匹、突っ込んできた。



丸々と太ったブリだった。



「なんだなんだー!! すごいなー!!」


「待て!!」


「祭りかー!?」


「お前もか!!!」



ブリは楽しそうに群れへ入ってくる。



「イワシいるじゃん!」


「食うな!!」



ばくっ。



「食った!!!」



「サバもいるじゃん!」


「だから食うなって!!」



ばくっ。



「また食った!!!」



「うまいなー!!」



「こいつ話聞いてねえ!!」



ホンガツオがブリの前へ出る。



「貴様!! 遠足中の幼女を――」


「その説明もういいから!!!」



その横を。



すーっ。



教祖のルアーが通った。



ブリが止まった。



「…………」



俺も止まった。



「おい」



ブリの目がルアーを追う。



「おい!!」



すーっ。



「これも餌?」



「違う!!!」



ぱくっ。



「食ったあああああ!!!」



次の瞬間。



ジイイイイイイイイイ――!!



海上からドラグの音が響いた。



「うおおっ!!」



教祖の竿が大きく曲がる。



ブリが走った。



ジイイイイイイイ――!!



「…………!」



イトヨリの目が輝いた。



「おい」



ジイイイイイイイイ――!!



「来たっす!!」



「何が!?」



「大当たりっす!!!」



「何の!?」



ジイイイイイイイ――!!



イトヨリが海上を見上げる。



「やったっす!! 7が揃ったっす!!」



「何の7だよ!!!」



ブリは止まらない。



沖へ向かって走る。



ジイイイイイイイイ――!!



「出るっす!! まだ出るっす!!」



「お前、魚じゃなくてドラグ見てるだろ!!」



「脳汁が出るっすー!!」



「さっきからどんどん悪化してる!!!」



ジイイイイイイ――。



「もっとっす……!」



ジイイイ――。



「まだ出るっす……!」



ジイ――。



「…………」



ドラグが止まった。



「…………」



イトヨリがじっと海上を見つめる。



ざわ……。



「何だ今の!?」



ざわ……ざわ……。



「まだ終わってないっす……」



「効果音どこから出してんだよ!!!」



教祖が巻く。



ブリが抵抗する。



また少し走る。



ジイイイイ――!!



「来たっすー!!!」



「イトヨリ戻ってこい!!!」



しばらくして。



ブリの姿が、少しずつ海面へ近づいていった。



「まずい!」


「ブリさん釣られるっす!」


「急に魚を見たな!!」



ブリは最後まで暴れていた。



だが。



やがて。



ざばっ。



海面の向こうへ消えた。



「…………」



静かになった。



鳥山の下にいた魚たちも、海上を見上げる。



しばらくして。



教祖の声が聞こえた。



「いやあ、丸々太ったいいブリですな!」



「…………」



「今日はもう満足ですぞ!」



「え?」



ブォォォォォ――。



海上レクサスが向きを変えた。



「…………え?」



伊東マリンタウン方面へ走り出す。



「ちょっと待て!!」



ブォォォォォ――。



どんどん遠ざかっていく。



「教祖!!」



当然、聞こえない。



「城ヶ崎は!?」


「チカメさん!! 帰ってるっす!!」


「見れば分かる!!!」



海上レクサスは、そのまま遠ざかっていった。



「…………」



残されたのは。



俺たち。



鳥。



富戸の魚。



そして――



食われたイワシとサバ。



「いや、そいつらは残されてねえよ!! 食われてるから!!」



妙に満足そうなイトヨリが海上を見つめていた。



「いい音だったっす……」



「お前は黙ってろ!!!」




翌日。



俺たちは、また富戸漁港沖に集まった。



イワシ。



サバ。



ソウダガツオ。



ホンガツオ。



鳥も集めた。



昨日と同じように。



海面を騒がせる。



「そろそろ来るっすかね」


「来るだろ」



昨日あれだけ釣れたんだ。



教祖なら来る。



しばらく待った。



「…………」



来ない。



さらに待った。



「…………」



海は静かだった。


「遅いっすね」


「…………」


俺は伊東マリンタウン方面の海を見た。


昨日。


ブリを釣って。


満足して帰った。


そして今日。


「教祖……来ねえ……」


あと5日...



第110話 終

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