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【城ヶ崎遠征編】第109話 ドーパミンの分泌


「うわああああ!!」


キントキダイが引っ張られていく。


口元にはルアー。


そこから伸びたラインが、海面へ向かってぴんと張っていた。



「キントキダイ!! 泳げ!!」


「泳いでるよ!!」



泳いでいる。


必死に泳いでいる。


だが、普通に巻かれている。



海上レクサスの上では、教祖が竿を立ててリールを巻いていた。



「まずい! そのままじゃ上がるぞ!!」


「どうすればいいの!?」


「もっと引け!!」


「引いてるよ!!」



それでもキントキダイは、じわじわと海面へ近づいていく。



「チカメさん! 全然止まらないっす!」


「見れば分かる!!」



このままじゃ釣られる。



「みんな!! 引っ張るぞ!!」


「どうやって!?」


「こうする!!」



俺はキントキダイの後ろへ回った。



そして。



尾びれに食いついた。



「痛っ!!」


「我慢しろ!!」



尾びれをくわえたまま、教祖と反対方向へ泳ぐ。



「痛い痛い痛い!!」


「釣られるよりいいだろ!!」



それでもまだ巻かれる。



その時。



ぐいっ。



今度は俺の尾びれが引っ張られた。



「いってえ!! 誰だ!!」



イトヨリだった。


俺の尾びれを思いっきりくわえている。



「加勢するっす!!」


「そこなの!?」


「他に持つとこないっす!!」



さらにイトヨリの尾びれをサバがくわえた。



そのサバの尾びれをソウダガツオ。



さらにその後ろを別の魚。



一匹。



二匹。



三匹。



次々とつながっていく。



キントキダイ。


その尾びれを俺。


俺の尾びれをイトヨリ。


イトヨリの尾びれをサバ。


その尾びれをソウダガツオ。



さらに後ろにも魚。



口で尾びれをくわえた魚が、海中に一本の長い列を作った。



「全員!! 教祖と反対方向へ!!」



一斉に泳ぐ。



その瞬間。



ジジジジジジジジジ――!!



海上から、けたたましい音が響いた。



「おおっ!?」



さっきまで一方的に巻かれていたキントキダイが、

今度は教祖からラインを引き出しながら泳いでいく。



「出た!! ドラグ出た!!」


「そのまま引けええええ!!!」



全員でさらに泳ぐ。



ジジジジジジジジ――!!



今度はラインが出ていく。



「ドラグ出た!!」



海上から教祖の声がした。



「うおっ!? 途中から魚が変わりましたぞ!!」



「変わってねえよ!!」



当然、聞こえない。



教祖は大きく曲がった竿を見ながら興奮している。



「これはルアーに食った魚を、さらに大型の魚が食ったのですな!!」



「違う!! 増えたんだよ!!!」



「まさに食物連鎖!! まさに社会ですぞ!!」



「社会まで広げるな!!!」



ジジジジジジジジ――!!



教祖が巻く。



俺たちが引く。



キントキダイの口から伸びたラインの先には教祖。



その反対側には。



キントキダイの尾びれをくわえた俺。


俺の尾びれをくわえたイトヨリ。


さらにサバ。


ソウダガツオ。


その後ろにも魚。



全員が一本につながって泳いでいる。



完全な綱引きだった。



「引けええええ!!!」



ジジジジジジジジ――!!



「おおっ!!」



後ろからイトヨリの声がした。



「なんだ!?」



「ドラグの音でドーパミンが溢れ出るって、ネットに書いてあったんすけど!」



ジジジジジジジジ――!!



「これは確かにいい音っす!!」



「何言ってんだ! 引け!!」



「引くっすー!!」



イトヨリがさらに強く泳いだ。



俺の尾びれが思いっきり引っ張られる。



「痛ってえ!!」



ジジジジジジジジジ――!!



「もっと! もっと! もっと引っ張るっす〜!!」



「おい!!」



ジジジジジジジジ――!!



「あー! やめられないっす〜!!」



「イトヨリがおかしくなった!!」



イトヨリは俺の尾びれをくわえたまま、うっとりしている。



「ASMRっす〜……」



「ドラグでASMRすんな!!」



ジジジジジジジジ――!!



「ああ〜……教祖とひとつになったっす〜……」



「戻ってこい!!!」



さらに後ろの魚まで勢いづく。



「引けー!!」


「もっと鳴らすっす〜!!」


「目的変わってるぞ!!!」



ジジジジジジジジ――!!



魚の列は伸びたまま、全力で泳ぎ続ける。



その途中。



小型のサバが、前の魚の尾びれをくわえていた。



そして。



その小型のサバの尾びれを、大きなソウダガツオがくわえている。



ぷりぷり。



ソウダガツオの目の前で、小さなサバの尾びれが揺れた。



「…………」



ぷりぷり。



「…………」



ぱくっ。



「えっ」



ごくん。



小型のサバが消えた。



「食ったあああああ!!!」



一本だった魚の列が短くなった。



その瞬間。



ずるずるずるっ!!



「うわあああ!!」



列ごと教祖の方へ引っ張られる。



「一匹食われたからまた巻かれてる!!!」



「す、すまない!!」



ソウダガツオが慌てて泳ぎ直す。



「なんで食った!!!」



「ずっと目の前で尾びれが動いていたから!!」



「お前もかよ!!!」



「チカメさん! まずいっす!!」



教祖が巻く。



ずるっ。



俺たちが海面へ近づく。



さらに巻く。



ずるっ。



「負けてる!!」



「一匹減っただけだろ!?」


「一匹食ったやつも動揺してるっす!!」



「すまない!! 本当にすまない!!」



「謝ってないで泳げ!!!」



全員でもう一度、教祖と反対方向へ泳ぐ。



ジジジジ――。



一瞬ドラグが鳴る。



だが。



止まる。



また巻かれる。



「ダメだ!! 力比べじゃ勝てない!!」



このまま続けたら。



キントキダイだけじゃない。



俺もイトヨリも。



後ろの魚まで、まとめて教祖のところへ連れていかれる。



「一回離せ!!」



「ええーっ!!」



「ええーじゃねえよ!!!」



「まだASMRできるっす!!」


「帰ってこいイトヨリ!!!」



俺はキントキダイの尾びれから口を離した。



後ろでも。



イトヨリが俺から離れ。



サバ。



ソウダガツオ。



さらに後ろの魚。



一本の列が次々とほどけていく。



抵抗が一気になくなった。



「うわああああ!!」



キントキダイだけが、ものすごい勢いで海面へ引っ張られた。



「余計まずくなった!!」


「チカメさん!!」


「分かってる!!」



俺はキントキダイを追った。



海面が近い。



だが。



前世。



俺も釣り人だった。



魚が突然こっちへ走ってきた時。



ラインの張りが抜ける。



「キントキダイ!!」


「何!?」


「教祖の方へ泳げ!!」


「ええ!?」



「いいから全力で!!」



「そっち行ったら釣られるよ!?」


「ラインを緩めるんだよ!!」



キントキダイが向きを変えた。



そして。



教祖へ向かって、一気に泳ぐ。



ぴんと張っていたラインが。



ふっ。



緩んだ。



「今だ!! 頭振れ!!」



「こう!?」



ぶんっ。



「もっと!!」



ぶんぶんぶん!!



ルアーが口元で揺れる。



「外れろ!!」



ぶんっ!



ルアーが飛んだ。



「…………!」



キントキダイが止まった。



全員が口元を見る。



何もない。



「外れた!!」



「助かったああああ!!」



イトヨリがキントキダイのそばまで泳いでくる。



「キントキダイ!!」


「怖かった!!」


「よかったっすー!!」



キンメダイも寄ってきた。



俺もようやく力を抜いた。



「ほんっとに……」



キントキダイを見る。



「なんで食ったんだよ!!」



「…………」



キントキダイが少し考えた。



「動いたから」



「反省しろ!!!」



ブォォォォォ――。



「…………」



全員で海上を見る。



海上レクサス。



もちろん教祖はまだいた。



しかも。



さっきまでより明らかにやる気になっている。



一度掛けた。



途中から猛烈に引いた。



そしてバラした。



帰る理由が一つもなかった。



教祖がルアーを確認する。



そして、また竿を構えた。



「また投げるっす!!」



「逃げろ!!!」



ホンガツオが前へ出た。



「全員、鳥山陣形に戻れ!」



「まだやるの!?」



「当然だ。任務は終わっていない」



そうだった。



キントキダイを助けるために来たんじゃない。



俺たちは。



教祖を城ヶ崎まで釣れていく途中だった。



「全員、南へ!!」



魚たちが動き出す。



鳥山も動く。



海上レクサスも追ってくる。



イトヨリが後ろを見た。



「チカメさん」


「なんだ」



「教祖、さっきよりやる気になってないっすか?」



「…………」



なっていた。



第109話 終

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