新しい信者が見つかりました
「俺の前世の不始末だからだよ!!」
俺たちは海上レクサスを追った。
俺、キンメダイ、キントキダイ。三匹の赤い魚。その先では、教祖が魚探を見ながら新しい信者を探している。
「追いつけますか?」
キントキダイが言った。
「無理」
「え?」
「船だぞ」
「ではなぜ追ってるんです?」
「雰囲気だよ!!」
海上レクサスは速かった。魚が文明に勝てるわけがない。
三匹で必死に泳いでいるうちに、船はどんどん遠ざかっていく。
「待てええええ!!」
当然、待たない。
「教祖おおおお!!」
当然、聞こえない。
「前世の俺ええええ!!」
当然、俺である。
「何なんだこの状況!!」
*
しばらく泳ぐと、海上レクサスが止まった。
「追いついた!」
「向こうが止まっただけです」
「細かいこと言うな!」
俺たちは少し離れた場所から様子を見た。
魚探に反応があったのだろう。教祖が海を覗き込み、ざばっとコマセを撒く。大量の福音が海中へ降ってきた。
「始まった!」
俺たちは急いで近づいた。
すると、すでに魚が集まっている。俺たちよりずっと小さな魚の群れが、降ってくるオキアミを夢中で食べていた。
「福音だ!」
「今日も来た!」
「いっぱいある!」
ぱく。ぱく。ぱく。
ものすごい勢いだ。
「おい! 食うな!」
俺が叫ぶと、小魚たちが止まった。
「なんで?」
「上に釣り人がいる!」
「知ってるよ」
「知ってるの!?」
「いつもの人でしょ?」
「いつもの人!?」
一匹の小魚が言った。
「あの人が来ると、ご飯が降ってくる」
「…………」
別の小魚も続ける。
「たくさん食べられる」
「…………」
「いい人だよね」
「…………待て」
俺は海上を見た。
教祖が追加のコマセを撒いている。すると、小魚たちが一斉に歓声を上げた。
「来た!」
「福音だ!」
「教祖様だ!」
「教祖様!?」
俺は耳を疑った。
いや、魚に耳がどうとかは今どうでもいい。
「お前ら信者なの!?」
「信者?」
「今、教祖様って」
「みんなそう呼んでるよ」
「定着してんじゃねえか!!」
俺が知らないところで、教祖という呼び名だけが勝手に広がっていた。
*
「でも危ないぞ。コマセの中には針がある」
俺が言うと、小魚はあっさり答えた。
「あるね」
「知ってるの!?」
「たまに誰かいなくなる」
「それだよ!!」
一匹の小魚が少し考えてから言った。
「でも、ほとんどはいなくならないよ。いっぱい食べられるし」
別の小魚も頷く。
「今日もたくさんいるけど、針は一個でしょ?」
「まあ……」
「じゃあ一匹が釣られても、他のみんなは食べられる」
「…………」
「いいことじゃない?」
俺は固まった。
キンメダイが俺を見る。キントキダイも俺を見る。
「いや……何だ、この理屈」
どこかで聞いたことがある。
少数の犠牲で、多数が恩恵を受ける。しかも、犠牲になるのは自分とは限らない。
「…………」
一匹の小魚が、またオキアミを食べた。
「教祖様、今日もいっぱい撒いてくれるかな」
俺は思った。
まだ第十話だぞ。
社会ができるの早くない?
*
「とにかく! 教祖を追い払う!」
小魚たちが一斉に俺を見る。
「なんで?」
「釣られるから!」
「でも追い払ったら?」
「え?」
「福音は?」
「…………」
俺は止まった。
「来なくなるの?」
「…………」
小魚たちの視線が集まる。
キントキダイが小声で言った。
「どうするんです?」
「ちょっと待って」
考えていなかった。
教祖を追い払う。釣りは止まる。魚は助かる。めでたし。
そう思っていた。
だが教祖が来なければ、コマセも来ない。
つまり――無料の飯もなくなる。
「僕たち、自分で餌探すの大変なんだけど」
「うん」
「教祖様が来ると、向こうから降ってくる」
「うん」
「それをなくすの?」
「…………」
「なんで?」
「…………」
俺は答えられなかった。
教祖を止めれば針はなくなる。同時に福音もなくなる。
安全になる。
だが、腹は減る。
「なんだこの制度……」
俺が呟くと、キンメダイが言った。
「教祖様が作ったんですよね?」
「前世の俺な」
「では責任を」
「魚になってから責任取らされると思わねえだろ!!」
*
そのとき、少し大きな魚が二匹、群れへ入ってきた。
一匹が流れてくるオキアミを見る。
「お」
もう一匹も見る。
「今日もやってるな」
俺は二匹を見た。
「お前らも福音を?」
「まあな」
「針があるぞ」
「知ってる」
「じゃあ気をつけろ」
「気をつける?」
二匹は顔を見合わせ、笑った。
「それじゃ面白くないだろ」
「…………?」
一匹がオキアミの群れを見る。
「糸付きか」
もう一匹が続ける。
「糸なしか」
「…………」
「当てるんだよ」
「何を?」
「食ってからのお楽しみ」
「食ってから!?」
一匹がオキアミへ突っ込んだ。
ぱくっ。
「セーフ!」
「おお!」
もう一匹も行く。
ぱくっ。
「セーフ!」
「次、俺!」
「待て待て待て待て!!」
俺は二匹の間に入った。
「何してんの!?」
「福音チャレンジ」
「名前ついてんの!?」
「糸付き引いたら負け」
「負けたら海上まで連れていかれるんだぞ!!」
「だから面白い」
「ギャンブルの掛け金が命なんだよ!!」
キントキダイが俺に尋ねた。
「知り合いですか?」
「知らん!」
「アイゴです」
一匹が名乗った。
「ニザダイ」
もう一匹も名乗る。
俺は二匹を見る。
「もっと普通に飯食えよ!!」
アイゴが言った。
「普通に食べても面白くないだろ」
ニザダイも頷く。
「最近これが流行ってる」
「流行らせるな!!」
その瞬間、ニザダイが一粒食べた。
ぱくっ。
「…………」
全員が止まる。
「どう?」
アイゴが聞く。
「…………セーフ」
「おおおお!」
「歓声上げんな!!」
海の治安が、俺の知らないところで悪くなっている。
*
その横を、別の魚が通った。
ふぐっ。
小さめのフグだ。
フグは仕掛けを見ると、そのまま近づいていく。
「おい、危ないぞ」
俺が言っても何も答えない。
そして、糸を――
かじっ。
「え?」
かじっ。
ぷつん。
仕掛けが切れた。
「…………」
針付きのオキアミが、そのまま海底へ沈んでいく。
俺たちは全員、フグを見た。
「…………」
フグは何事もなかったように去っていった。
「え?」
キントキダイが言った。
「今……」
「切った」
「糸を?」
「切った」
俺は遠ざかるフグを見た。
「救世主じゃん」
教祖より、よっぽど奇跡を起こしていた。
*
だが、その直後。
教祖が新しい仕掛けを投入した。
「予備あるのかよ!!」
人類はしぶとい。
また福音が降ってくる。小魚たちが食べる。アイゴとニザダイが賭ける。フグが糸を狙う。俺たちは針を警戒する。
海中が、ものすごく忙しくなった。
そして――一匹だけ、まるで違う動きをしている魚がいた。
「…………?」
平たい。口が小さい。
そいつは仕掛けへ近づいていく。
「おい!」
返事はない。
魚は針の付いた餌へ近づいた。
「それ食うな!」
ぱく。
「うわっ!」
だが、竿は動かない。
「…………?」
もう一度。
ぱく。
また、ぱく。
餌だけが少しずつ消えていく。針には掛からない。
「…………」
俺は知っている。
この食い方。
前世で何度もやられた。
「お前……」
魚がこちらを見る。
「カワハギか」
「そうだけど」
「何してんの?」
「食事」
「針あるぞ」
「あるね」
「怖くないの?」
カワハギは不思議そうな顔をした。
「針を食べなきゃいいでしょ」
「…………」
そして残った餌だけを綺麗に取った。
針には、何も残らない。
「…………」
俺は震えた。
人間だった頃、仕掛けを上げる。餌がない。アタリもない。
『なんで?』
何度思ったか。
その答えが、今、目の前にいる。
「お前だったのかよ」
「?」
「俺の餌、ずっと盗んでたのお前らかよ!!」
カワハギは言った。
「海にあるものを食べただけだけど」
「正論なのが腹立つ!!」
*
海上から教祖の声がした。
「おかしいですな」
俺は笑った。
分かる。
針は切られる。餌は盗られる。魚はコマセだけ食べる。それでも魚探には大量の反応がある。
なのに、釣れない。
「苦しめ。前世の俺よ」
キントキダイが言った。
「でも教祖様が諦めたら、福音も終わりますよ」
「…………」
俺は止まった。
小魚たちもこちらを見る。
「教祖様、帰るの?」
「福音なくなる?」
「明日も来る?」
「…………」
アイゴが言った。
「帰られると困るな」
ニザダイも頷く。
「まだ勝ってない」
「何にだよ」
「福音チャレンジ」
「勝ちの定義を教えろ!!」
カワハギも言った。
「もう少し餌が欲しい」
フグは次の糸を見ている。
「…………」
俺は周囲を見た。
教祖を止めたい俺。
教祖に来てほしい小魚。
針付きの餌を娯楽にする魚。
糸を切る魚。
餌だけ盗む魚。
全員、同じコマセの周りにいる。
そして全員の利害が違う。
「…………」
ものすごく嫌な予感がした。
これ、魚の群れじゃない。
「社会になり始めてない?」
キンメダイが言った。
「社会?」
「…………なんとなく」
「やめろ」
俺は即答した。
「俺は魚として静かに暮らしたいんだ」
そのとき、小魚の一匹が大きな声で言った。
「教祖様を追い払うの、反対!」
「…………」
もう一匹も続く。
「僕も!」
「福音なくなるの困る!」
「教祖様を守ろう!」
「待て」
声が増える。
「教祖様賛成!」
「福音賛成!」
「もっと撒いて!」
「待て待て待て」
俺の周りで、小魚たちが集まり始めた。
「教祖様を追い払うな!」
「福音を守れ!」
「毎日撒いて!」
「…………」
俺は海上を見た。
教祖は、そんなことになっているとは知らず、普通にコマセを撒いている。
「まさか……支持者ができた?」
キントキダイが言った。
「人気者ですね」
「釣ってんだぞ!?」
小魚が答える。
「でも、いっぱいくれるよ?」
「針も入ってるだろ!」
「少しだけだよ?」
「少しならいいの!?」
小魚たちは、また福音へ群がった。
俺は頭を抱えたかった。
ヒレしかなかった。
教祖を追い払えば、魚は安全になる。だが福音は消える。
教祖を残せば、福音は降る。だが、たまに誰かが釣られる。
そして少なくとも今、小魚たちは――後者を選んでいる。
「…………」
俺は呟いた。
「ばら撒きって強えな」
海上から、追加のコマセが降ってきた。
「福音だあああ!!」
小魚たちが歓声を上げる。
俺はその光景を見ながら、初めて思った。
勝手に作った教義。
勝手に福音と呼んだコマセ。
勝手に信者と呼んでいた魚。
それが今、俺の知らないところで、本当に信者を作り始めている。
「…………これ、思ってたより面倒なことにならない?」
――第十話 完――
【教祖と海の経典】
■ アイゴ
磯場などに生息する海水魚ですな。
背びれ・腹びれ・尻びれのトゲに毒がありますぞ。
釣り上げても、うっかり握ってはいけませんな。
■ ニザダイ
磯場などでよく見られる海水魚ですな。
釣り人からは「サンノジ」と呼ばれることもありますぞ。
■ 海上レクサス
レクサスの高級クルーザーですな。
無論、わたくしの私物ですぞ。
■ コマセ
魚を自分の釣り場へ集めるため、海へ撒いたり仕掛けのカゴに詰めたりするエサのことですな。
いわゆる撒き餌・寄せ餌ですぞ。
主なものにオキアミ、アミコマセ、イワシミンチなどがありますな。
■ 福音
コマセのことですぞ。
海の者は、ありがたがってそう呼んでおりますな。
■ 新宿ISE◯AN
新宿にある伊勢丹ですぞ。
値段もクオリティも日本最高峰クラスですな。
■ 某高級百貨店
新宿高島屋ですぞ。高級鮮魚売り場もありますな。
新宿にはほかにも、小田急ハルク、京王、伊勢丹など鮮魚を眺められる場所がありますぞ。
私の毎日の散歩コースですな。
■ チカメキントキ
赤い魚。本作の主人公。
値段は……まあ、微妙ですな。
■ キンメダイ
赤い魚。
伊豆では立派な高級魚ですぞ。
■ キントキダイ
赤い魚。
チカメキントキによく似ていますが別種ですな。
■ オキアミ
釣りでよく使うエサですな。
コマセにも付けエサにも使えますぞ。
尾びれの付け根付近に硬い骨質板がありますので、素手で扱うときはお気をつけくだされ。




