過ち
自分がフィオラを殺したなどと荒唐無稽なことを言われ、ダリアスは怒りでどうにかなってしまいそうだった。天地がひっくり返ったとしても、フィオラに手をかけることなんてあるはずがない。自分は彼女の護衛なのだから。
「……意味が分からない」
睨みながら掠れた声を出すダリアスを見て微笑みながら、イゾッタはしゃがんで彼に視線を合わせる。
「私はね、これまで貴方に何度も選択させてあげたのよ?」
哀れむような顔を作りそう言って、彼女は言葉を続ける。
「護衛騎士にならないかと何回も提案したわよね。結婚の打診も大公令嬢である私自らしてあげたわ」
彼女は指折り数えながら、思い出話を語るようにゆったりと話をするイゾッタ。言葉を発したいのに息苦しくて、彼には今はそれすらままならない。
「だけど貴方はそのたびに選択を誤った。それはすなわち、フィオラを選んだということに他ならない」
彼女は立ち上がり、部屋をのんびりと歩く。
「……今日だってそう。私が貴方を抱き締めた時、貴方は私を抱き締め返してはくれなかったわね」
そう言うとくるりと振り返りダリアスの方を向く。その顔はまるで感情のない仮面を貼り付けているかのように、一切の表情を削ぎ落としている。
「そして極めつけは今。貴方は私との婚姻を拒否したわ」
「……当たり前だろう」
――こんなことを話している暇なんかない。
早く森に行かなければ。でないと、フィオラが魔物に襲われてしまう。彼女を助けるために一刻の猶予もないというのに。体が言うことを聞かない。
(俺が……守らねば……)
ふらつきながらもどうにか立ち上がる。そして彼女を無視して扉へ手を伸ばそうとすると、その手にイゾッタの手を重ねられる。嫌悪感で鳥肌が立つ。
「……触るな」
低い声で拒絶して乱暴に彼女の手を払うも、イゾッタがそれを気にすることはない。彼女は再びダリアスへとしなやかな手を伸ばし、彼の手を握り口を開く。
「ねぇ貴方、今身体が痛いんでしょう?つらいんでしょう」
「それが何だ。お前には関係ない」
ダリアスは彼女の手を雑に振りほどき、肩を押して自分から引き離す。その勢いでイゾッタの体はゆらりと揺れる。それはまるで幽霊のように不気味な動きだった。
「……関係はあるわよ?だってそれ、私が仕込んだ毒だもの。遅効性のね」
「……は……?」
ダリアスは僅かに目を見開く。
「ふふ、今頃あの子も毒で苦しんでくれてるかしら。直接見れなくて残念だわ。鍛えてるダリアスでさえこうなるんだもの。弱ったあの子ならさぞ見物だったでしょうね」
可笑しそうに口に手を当てて笑うイゾッタに、ダリアスの頭は真っ白になっていく。
(……遅効性の、毒?いつそんなものを……いやそんなことより、俺だけでなく、あの人まで、毒を……?)
「……どういうことだ」
「あら、気づかない?毎日フィオラと飲んでたじゃない」
のんびりとしたその声音に一瞬息が止まりそうになる。毒をどうやって飲ませられたのか、その言葉を聞いてしまえばもはや考えるまでもなかった。
――イゾッタからフィオラに渡された異国の茶。
フィオラと共に過ごした心地よく穏やかな時間が胸の奥にじわりと広がっていく。
(……くそ)
ダリアスは奥歯をぎりぎりと噛み締める。張り詰めている何かが今にも途切れてしまいそうだ。
――イゾッタと、そして他でもない自分自身に。
もっとイゾッタを警戒していれば。もし自分が毒だと気づけていれば。いや、護衛としてそうしなければならなかったのだ。
それなのに、自分は何をしていた?
自分がこの時間を過ごしたいからと。茶を飲むことは彼女の休息になると言い訳をして、彼女の体調のためだと言い訳をして、毒を飲ませ続けていた。
己の愚かさにダリアスは拳を握り締める。
(止めて……いれば……)
「選択を誤り続けたのは他でもない貴方自身よ。一つでも選択が違えば、生き続ける道だってあったでしょうに」
「……は、毒を飲ませといて今更何を」
蔑むような口調で言うダリアスに、イゾッタはわざとらしく唇を尖らせる。
「だから何度も言ってるでしょう?最後のチャンスだったって」
イゾッタはダリアスの頬に手を添える。
「あれは最後の選択肢だったのよ?解毒薬をあげるかあげないかの、ね」
「解毒……薬……」
「だけど貴方は自らそれを潰した。生き続けられる最後の可能性をね」
まぁフィオラはもう喰い殺されてるかもしれないけど、と付け加えてイゾッタは微笑む。
「もう貴方たちに生き残る手段は残されてないわ」
「私は何度も温情を与えようとしたわ」
「貴方の選択がフィオラを殺したの」
次々と降ってくる言葉がダリアスの心臓をぐさぐさと突き刺していく。
「貴方が、フィオラを殺したの」
その言葉に、ダリアスの目の前は真っ暗になった。




