狂気の女
「正解。流石に騎士はすぐに分かるわよね」
そう言うとイゾッタは顔を伏せたかと思えば、私ね、と言葉を続けて笑顔で顔を上げる。
「それと同じものをフィオラにあげたの」
「……は……?」
「魔物寄せを身につけたまま……今頃あの子はどこにいるんでしょうね?」
毛先を弄りながらくすくすと笑うイゾッタ。その言葉に体中の血液が沸騰する。ダリアスは気づけば彼女の胸倉を掴んでいた。全身の痛みと溢れ出る怒りにどうにかなってしまいそうだ。彼は額に青筋を立てて鋭くイゾッタを睨む。
「……どういうつもりだ」
「ふふ、貴方がこんなに感情を剥き出しにするなんてね。……どういうつもりも何も、別に大したことは考えてないわ。ただ……フィオラが魔物に喰われてたら少し面白いわね」
彼女はダリアスの殺気を正面から受けても、微塵も動じる様子を見せない。
今まさに妹を死の危機に陥れているというのに。彼女はそれを何でもないことのように、まるで庭園で見かけた花について話すかのような口調で話をするだけだ。
その姿はもはや狂気を帯びている。
(……誰だ……この女は……)
決してイゾッタと親しかったわけではない。それでもこれまで三年以上関わってきた。それなりに彼女のことを知っていたつもりだった。
しかしそれは思い違いだったのだと。ダリアスは今まざまざと思い知らされている。目の前の女は、これまでダリアスが思っていたイゾッタという人間ではない。初めて見る人間だった。
「……なぜこんなことができる」
「何が悪いの?」
小首を傾げてイゾッタは言葉を続ける。
「目的があればそれを叶えるために行動するのは当たり前のことでしょう。誰だってするじゃない。それと何が違うの?私は願望を叶えるために行動しただけよ?」
その言葉にダリアスは胸倉を掴んでいる手に力を込める。自分の掌に爪がぎりぎりと食い込む。
願望実現のために行動するのは当たり前のことだ。それは他ならぬダリアス自身が思っていたことでもあった。だからこそ彼も、フィオラの護衛となり実績を積むことで侯爵令嬢との婚姻を目論んでいた。しかし、それでも……。
「そのために、人が死ぬことすら躊躇わないのか」
――心願成就のために屍を作ろうとは、屍を越えていこうとは、毛頭思わない。
「あら、失礼ね。もちろん躊躇うわよ」
きょとんとした顔で言うイゾッタに小さく目を見開く。結果として今フィオラを死へと誘おうとしているが、姉としての情は少なからずあったのか。
気を抜いたからか、体の痛みからか。イゾッタを掴んでいた手が僅かに緩む。
しかし彼女が続ける言葉は、ダリアスが予想だにしないものだった。
「使える駒がいなくなるんだもの」
イゾッタに悪びれる様子はまったく見られない。ダリアスの手に再び力が込められる。彼女はそんなことより、と口を開く。
「そろそろ答えたくなってきたんじゃない?早く答えないと、居場所が分からないまま貴方の大事なフィオラが死んじゃうわよ?」
優雅に微笑みながら告げるイゾッタ。ダリアスは怒りで焼き尽くされてしまいそうになるのを必死で抑え、掴んでいた胸倉を乱暴に放す。
「お前のような女とは金輪際関わりたくもない」
射抜くような眼差しで吐き捨てると、イゾッタは可笑しそうに笑い声をあげる。これまでとはうって変わって淑女らしからぬ彼女の姿はとてつもなく気味が悪く、ダリアスの吐き気は強くなっていく。
「ふふ……。あー……可笑しい……。そう、そうなの……。それが貴方の答えなのね」
ひとしきり笑った後でイゾッタは顔を上げる。その表情は触れれば凍りついてしまいそうなほどに冷え切っている。
「早く答えろ。あの人……フィオラお嬢様はどこだ」
「北の森よ」
――本当にこの女の言うことを信じてもいいのか。
イゾッタが嘘を言っていないか、ダリアスは頭の先から足元までゆっくりと視線を走らせる。表情。手の動き。呼吸。視線の運び。僅かな綻びさえ見逃すことは、もう自分には許されない。
しかし、どれだけ観察しても彼女が嘘を吐いている兆候は見られなかった。
ならば、早くフィオラを助け出さなくては。北の森には夜行性の魔物も多く生息しているのだから。
身を翻し北の森へ向かうために部屋を横切ろうとしたその時、不意に息苦しさと全身の痛みが強くなる。思わず片膝をつくと、イゾッタの声が背後から聞こえてくる。
「だから言ったでしょう?最後のチャンスだって」
顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべたイゾッタの姿がそこにはあった。
「貴方がフィオラを殺したのよ」
――この女は何を言っているんだ。
痛みと苦しさで視界が霞みそうになるのを、奥歯を噛んで眉根を寄せて必死に耐える。目の前で勝ち誇ったように笑う女を見ながら、ダリアスはその言葉の意味を考えていた。




