殺人
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夜空には無数の星が輝いている。いつもはまだ鍛錬をしている時間、ダリアスは珍しく騎士棟に戻り自室のベッドにだらりと横になっていた。
(……くそ)
ダリアスは顔を顰める。体中が痛い。それは確実に朝より強くなっている。痛み自体は大したことはない。魔物に襲われた時の方がよほど強い痛みを感じる。ただ、他に付随する症状が彼から体力をじわじわと奪っていた。
倦怠感、吐き気、息苦しさ。
(……もっと鍛えないとな)
自身の管理不足を反省しながら額に腕を乗せていると、部屋の外が次第に騒々しくなる。訝しげにベッドから身を起こすと同時に、ノックもなしに乱暴に扉が開けられる。
「ダリアス来い!殺人事件の捜査だ!」
***
現場に案内され、ダリアスは僅かに目を見開く。目の前で血塗れになり横たわっているのが庭師見習いの男だったからだ。
フィオラと恋仲であろう男の悲惨な姿に思考が止まりかけるも、すぐに彼は意識を切り替える。
(大公家に忍び込んだ輩に見つかったが故に殺されたと考えるのが自然か……。警備は一体何をしていたのか)
顎に手を当てて遺体や周囲の足跡や血痕を見ながら、侵入経路や逃走経路について思考を巡らせる。
「……犯人は。屋敷内に他に荒らされたところは」
「犯人は見つかっていませんが……あの、その……申し上げにくいのですが……」
ダリアスからの問い掛けに見習い騎士がしどろもどろと答える。要領を得ない返答に彼を鋭く睨みつける。
「はっきり言え」
「申し訳ありません!フィオラお嬢様のお姿が見えず、事件に巻き込まれた可能性があるため現在行方を捜索しております!」
その言葉にダリアスの頭が真っ白になる。脳天をかち割られたかのような衝撃に足元がふらつく。
フィオラの笑顔が頭を掠める。そして今朝傷ついた顔をしていた彼女の姿が脳にべったりと貼りつく。
「護衛失格ね」
後ろから聞こえてくる声に振り返ると、そこにはイゾッタがいた。まだ危ないから部屋に戻った方がという使用人たちの言葉を片手を上げて制止して、彼女はダリアスへと近づく。
妹の所在が不明だというのに、取り乱した様子は一切ない。むしろ不自然なほどに落ち着き払っている。ダリアスは底冷えするような気味の悪さを感じながら口を開く。
「……ここはまだ安全だと断定できません。お部屋にお戻りを」
「私にそんなことを言っていいのかしら?」
そう言うとイゾッタはダリアスに顔を近づけて耳打ちをする。
「私、フィオラの居場所に見当がついてるの」
「な……」
ダリアスが目を見開くとイゾッタはくすりと笑う。
「そんな顔をするのを見るのは初めてね」
「知ってらっしゃるのなら……早く皆に伝えなければ……」
「だーめ。貴方に話したいことがあるの。それが終わったら教えてあげる」
人差し指を唇に当てて微笑みながら話すイゾッタに徐々に怒りが募る。
(この女は……何を……言っているんだ?)
大公家の敷地内で殺人事件が起きて。血塗れの遺体が目の前に転がっていて。それは妹と恋仲であったであろう人間で。妹本人も事件に巻き込まれているかもしれないこの状況で。
――なぜ、動揺を何ひとつ見せず、笑って、こんなことを言っている?
妹のことが心配ではないのか。仲の良い姉妹ではないのか。ダリアスの口の中が乾いていく。
「そんなことを……言っている状況では……」
「フィオラの居場所が分からなくてもいいの?」
間髪入れずにイゾッタに問われ、ダリアスは言葉に詰まる。その反応に彼女はにっこりと笑う。
「決まりね」
イゾッタはダリアスを借りていくと騎士と警備に告げて歩き出す。
この状況でのこの行動は間違っている。迅速な事件解決のために無理やりにでも今すぐイゾッタに言葉を吐かせるべきだ。そう思うのにフィオラを交換条件に出され、上手く頭が働かない。彼は黙ってそれに付き従うことしかできなかった。
――全身が痛い。
そのせいか、ダリアスの足は驚くほど重かった。
***
「なぜ、ここに?」
てっきりイゾッタの部屋に向かっていたと思っていたダリアスは眉根を寄せる。彼女が歩き着いた先はフィオラの部屋だった。
「まぁ、話してるうちに分かるわよ」
「……では、お早くお願いいたします」
淡々と応じるダリアスにイゾッタは呆れたように笑みを浮かべる。
「いいわ。単刀直入に言うわね。……ダリアス、私と結婚しない?」
「……は?」
その言葉にダリアスは目を丸くする。
気が狂っているとしか思えなかった。今この状況で話したい話がこんな話なのか?薔薇の香油の香りがきつく、思考力を奪ってしまいそうだ。
「……なぜ今、そんな話を」
「そんな話、じゃないわ」
言葉を遮られイゾッタを見たダリアスの背筋が凍る。彼女の瞳からは一切の光が消えていた。昏く冷たい双眸に狂気を感じる。それは命の危険を感じた時に感じるものに近かった。
「ずっと、三年間。私は貴方を想ってたわ。それを貴方はずっと踏みにじってくれたわよね。でも私はそれでも貴方が好きだから。だから聞いてあげてるの」
彼女は言葉を続ける。
「これが貴方の、最後のチャンスよ」




