走馬灯のように
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「嫌、やめて!離して!」
「ほら、我儘を言わないで下さい」
無数の手が伸びてくる。無理やり抱えられ椅子に座らされ、肩をぐっと押えつけられる。目の前のテーブルに並べてあるのは湯気の立ったスープと色とりどりのサラダ。
そのどちらにも、トッピングのように虫の死骸があちこちに散らばっている。見た瞬間、反射のように吐き気が襲ってきた。
「やめて!食べたくない食べたくない……!」
「じっとしてください。この前も食べたじゃないですか」
「吐いちゃうから、熱出ちゃうから、やめて!お願い……!」
そう言ってる間にも喉元まで吐き気が込み上げてくる。必死の訴えも虚しく口をこじ開けられ、虫の入ったスープを注ぎ込まれる。
「う……っ」
喉がひくりと痙攣した瞬間、堪えられず胃の中が逆流してその場に吐き出した。
「うわー。汚いですねぇ。ちゃんと全部食べましょうねぇ」
――やめて。やめて。やめて。
ぎゅっと目を瞑ると、景色が滲んだ。目を開けた時にはもう別の光景が広がっていた。目の前には天蓋。どうやら自分は横になっているようだ。
手に感じる暖かい感触に目を向けると、そこはルクレツィアがいた。
「お母……様……?」
「ああ、フィオラ!目を覚ましたのね!良かったわ!虫をまた食べさせられたのね……かわいそうに……」
そう言って美しい彼女は涙をぽろぽろと流す。母の涙はこんなにもわざとらしいものだっただろうか。そんな彼女に使用人たちも目を潤ませて、甲斐甲斐しく看病するルクレツィアを賞賛している。
まるで三文芝居を見せられているように、フィオラの心が冷えていく。
――誰も守ってくれなかったくせに。
次に瞬きをした時、目の前にはイゾッタがいた。
「……治癒魔法を使えるようになったんですって?良かったじゃない」
そう言って、微笑む。姉が初めてこちらに視線を向けてくれた日。胸がいっぱいになるくらい嬉しかった記憶。
姉はこんなにも冷たい表情をしていたのか。胸の奥がひやりと沈む。
「困っている人たちのために、たくさん魔法を使うといいわ」
優しい手つきで頭を撫でる。そして彼女は穏やかな声音で言葉を続けた。
「少し身体に負担はかかるだろうけど、人のためになることだもの。どんなにつらくてもあなたなら頑張れるわよね?」
――ああ、この時からすでに、嫌われていたのか。
また頭の中で映像が流れ出し、逃げる暇もなく次の記憶へと沈んでいく。
『さすがは聖女様ですね!』
――やめて。空々しい。
『フィオラ、よくやってるな』
――鈍臭いって言ってたこと、知ってるんだから。
波紋が広がるように心に昏い染みが落ちては広がっていく。深く、深く。瞳から光が消えていく。
次に流れてきたのはダリアスの姿。領民の治療を終えた帰り道だった。
「ダリアス、少し寄り道してもいいかな?行きたい場所があるの」
「……仰せのままに」
辿り着いたのは小高い丘。足が度々もつれて時間がかかってしまったが、彼は文句ひとつ言わない。
視界が開けた瞬間に見えたその景色にフィオラは目を細める。どこまでも澄んだ青空。草原を渡る風が柔らかく花々を揺らしている。陽の光を浴びてきらきらと輝いて見える。
「うわぁ……」
思わず感嘆の声が漏れる。しかしダリアスは眉ひとつ動かさない。
「あ、ダリアスはあんまり綺麗だとは思わなかった、かな?」
おずおずと尋ねると、ダリアスの視線がフィオラに向く。銀灰色の髪が風にわずかに揺れ、その下の青灰色の瞳は一切逸れることなく彼女を見つめていた。ただそれだけなのに、胸が騒がしくなる。
「いえ、美しいと思います。……とても」
その言葉に安堵し、目元が柔らぐ。心が弾む。
「一緒に見たかったの!ありがとうダリアス」
「……こちらこそ、ありがとうございます」
彼からは特に感情は読み取れない。表情からも言葉からも。それでも、少しはいい関係が築けている気がする。そう感じて胸の奥が温かくなった。
――本当に?馬鹿みたい。全部思い上がりだよ。
そして景色がまた引きずられていく。あの日の最期の記憶へと。深淵へと。
静かに澱んだ昏い瞳で自分を見て、拒むように自分から距離を置いたダリアス。
――ほらね。
使用人たちの陰口。
――やっぱり。
両親からの否定の言葉。
――私は。
男から迫られた激しい嫌悪感。
――誰からも。
イゾッタから渡された香り袋が原因で魔物が襲ってきた恐怖。
――愛されて、いない。
積み重なっていたものが、音を立てて崩れていく。大切にしていたはずのものが、すべて自分を壊すための刃だったのだと、ようやく理解してしまう。
ならば、もういい。
許さない。信じない。もう、何も。
すべていなくなってしまえばいい。




