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走馬灯のように

***


「嫌、やめて!離して!」


「ほら、我儘を言わないで下さい」


無数の手が伸びてくる。無理やり抱えられ椅子に座らされ、肩をぐっと押えつけられる。目の前のテーブルに並べてあるのは湯気の立ったスープと色とりどりのサラダ。


そのどちらにも、トッピングのように虫の死骸があちこちに散らばっている。見た瞬間、反射のように吐き気が襲ってきた。


「やめて!食べたくない食べたくない……!」


「じっとしてください。この前も食べたじゃないですか」


「吐いちゃうから、熱出ちゃうから、やめて!お願い……!」


そう言ってる間にも喉元まで吐き気が込み上げてくる。必死の訴えも虚しく口をこじ開けられ、虫の入ったスープを注ぎ込まれる。


「う……っ」


喉がひくりと痙攣した瞬間、堪えられず胃の中が逆流してその場に吐き出した。


「うわー。汚いですねぇ。ちゃんと全部食べましょうねぇ」


――やめて。やめて。やめて。




ぎゅっと目を瞑ると、景色が滲んだ。目を開けた時にはもう別の光景が広がっていた。目の前には天蓋。どうやら自分は横になっているようだ。


手に感じる暖かい感触に目を向けると、そこはルクレツィアがいた。


「お母……様……?」


「ああ、フィオラ!目を覚ましたのね!良かったわ!虫をまた食べさせられたのね……かわいそうに……」


そう言って美しい彼女は涙をぽろぽろと流す。母の涙はこんなにもわざとらしいものだっただろうか。そんな彼女に使用人たちも目を潤ませて、甲斐甲斐しく看病するルクレツィアを賞賛している。


まるで三文芝居を見せられているように、フィオラの心が冷えていく。


――誰も守ってくれなかったくせに。




次に瞬きをした時、目の前にはイゾッタがいた。


「……治癒魔法を使えるようになったんですって?良かったじゃない」


そう言って、微笑む。姉が初めてこちらに視線を向けてくれた日。胸がいっぱいになるくらい嬉しかった記憶。


姉はこんなにも冷たい表情をしていたのか。胸の奥がひやりと沈む。


「困っている人たちのために、たくさん魔法を使うといいわ」


優しい手つきで頭を撫でる。そして彼女は穏やかな声音で言葉を続けた。


「少し身体に負担はかかるだろうけど、人のためになることだもの。どんなにつらくてもあなたなら頑張れるわよね?」


――ああ、この時からすでに、嫌われていたのか。




また頭の中で映像が流れ出し、逃げる暇もなく次の記憶へと沈んでいく。


『さすがは聖女様ですね!』


――やめて。空々しい。


『フィオラ、よくやってるな』


――鈍臭いって言ってたこと、知ってるんだから。




波紋が広がるように心に昏い染みが落ちては広がっていく。深く、深く。瞳から光が消えていく。




次に流れてきたのはダリアスの姿。領民の治療を終えた帰り道だった。


「ダリアス、少し寄り道してもいいかな?行きたい場所があるの」


「……仰せのままに」


辿り着いたのは小高い丘。足が度々もつれて時間がかかってしまったが、彼は文句ひとつ言わない。


視界が開けた瞬間に見えたその景色にフィオラは目を細める。どこまでも澄んだ青空。草原を渡る風が柔らかく花々を揺らしている。陽の光を浴びてきらきらと輝いて見える。


「うわぁ……」


思わず感嘆の声が漏れる。しかしダリアスは眉ひとつ動かさない。


「あ、ダリアスはあんまり綺麗だとは思わなかった、かな?」


おずおずと尋ねると、ダリアスの視線がフィオラに向く。銀灰色の髪が風にわずかに揺れ、その下の青灰色の瞳は一切逸れることなく彼女を見つめていた。ただそれだけなのに、胸が騒がしくなる。


「いえ、美しいと思います。……とても」


その言葉に安堵し、目元が柔らぐ。心が弾む。


「一緒に見たかったの!ありがとうダリアス」


「……こちらこそ、ありがとうございます」


彼からは特に感情は読み取れない。表情からも言葉からも。それでも、少しはいい関係が築けている気がする。そう感じて胸の奥が温かくなった。


――本当に?馬鹿みたい。全部思い上がりだよ。




そして景色がまた引きずられていく。あの日の最期の記憶へと。深淵へと。




静かに澱んだ昏い瞳で自分を見て、拒むように自分から距離を置いたダリアス。


――ほらね。


使用人たちの陰口。


――やっぱり。


両親からの否定の言葉。


――私は。


男から迫られた激しい嫌悪感。


――誰からも。


イゾッタから渡された香り袋が原因で魔物が襲ってきた恐怖。


――愛されて、いない。




積み重なっていたものが、音を立てて崩れていく。大切にしていたはずのものが、すべて自分を壊すための刃だったのだと、ようやく理解してしまう。


ならば、もういい。


許さない。信じない。もう、何も。




すべていなくなってしまえばいい。

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