矛盾する
「だいぶ涼しくなってきたね」
「はい」
フィオラと出会ってから季節はまた変わっていた。照りつける陽射しも幾分和らぎ、朝夕にはひんやりした風が肌を撫でるようになっている。施療院での治療を終え、二人は歩いて馬車寄せへと向かっていた。
(……今日は調子が良さそうだな)
フィオラの後ろ姿を見ながらダリアスは思う。今日は声音につらそうなところは感じられない。歩く足取りも軽そうだ。ふらつきも見られない。
フィオラは治癒魔法を使った後に調子が悪くなることが多い。恐らく持病と治癒魔法との相性が悪いのだろう。今日は患者が珍しく十数名だった。人数があまり多くなかったがゆえに不調をきたしていないのだろう。
――体がつらくなるくらいなら、治癒魔法などやめれば良いのに。
ダリアスはこれまで何度もその言葉を飲み込んできた。そして言おうとするたびに、イゾッタのフィオラのさせたいようにさせろという言葉が脳裏を過ぎる。
フィオラ自身がしたくてしているのだ。一介の護衛である自分に止める権利などあるわけがない。そもそも、治癒魔法を施すのは彼女の責務でもあるのだ。一度治癒魔法を引き受けた以上、責務に伴う苦しみもつらさも背負うべきだ。己のその考えは以前から変わらない。
しかし、何よりも。
――彼女のやりたいことに口を出して悲しい顔を見ることになるのではと思うと、言うのを憚られた。
とはいえ治癒魔法ばかりして一体何になるというのだろう。大公家の人間を、使用人たちを、領民たちを治療したところで、自分に不調としてかえってくるのならば本末転倒ではないのか。それが責務だとしても、聖女と持て囃されることが彼女の幸せだとしても、毎回のように体調を崩していては割に合わないのではないのか。
ダリアスは小さく溜息を吐く。フィオラの傍にいると自分がいつもの自分でないような感覚に陥ることが多く、気持ちが悪い。
「お嬢様は……」
「え?」
すでに馬車寄せに止まっていた大公家の馬車に乗ろうと、差し出されたダリアスの手を取るフィオラ。そんな彼女にダリアスが声を掛ける。
「お嬢様は毎日のように治癒魔法ばかりして、幸せなのですか」
その言葉を受け、馬車に乗り込んだフィオラは小さく目を瞬かせる。
(……しまった)
苛立ちに任せてつい余計な質問をしてしまった。そう思った。
やはりフィオラといるとどうも調子が狂う。フィオラはただの護衛対象に過ぎないのに。自分の通過点でしかないのに。
そう考える一方で、彼女が自分の発言で気を悪くしなかったか心の片隅で気にしている自分に気づく。そんな自分に嫌悪感を感じつつフィオラにちらりと視線をやると、彼女は特に何も気にする様子は見せずに視線を彷徨わせながら口を開いた。
「それは……少し違うかも」
***
「……今、なんと」
「ふふ、ちゃんと聞いてくれないと駄目じゃない。だからね、ダリアス。貴方に私の護衛騎士にならないかしらって言ったのよ」
いつものごとく当たり前かのように練兵場の中庭に居座るイゾッタ。鍛錬をしつつ作業のように話を聞くわけにはいかない。毎回鍛錬を中断させられることを内心苦々しく思いつつ話を聞いていたダリアスは、思いも寄らない彼女の言葉に耳を疑う。
「すでに副団長や他の騎士たちが護衛につかれているではありませんか」
「貴方も護衛に加わればいいだけの話でしょ?」
「なぜ私を」
「貴方を気に入ったから。それだけよ」
下々の人間に施しを与えるかのような笑顔で告げるイゾッタ。大公令嬢としてのあるべき姿なのだろう。しかし彼にはそれが妙に癪に障った。これがもし、彼女なら……。
「……フィオラお嬢様の護衛は私しかおりません。私がいなくなればお嬢様の護衛もいなくなってしまいますが」
感情を抑えてダリアスがそう言うと、イゾッタは可笑しそうに笑い出した。甲高い笑い声が脳に響いて眉をひそめそうになる。
「やだ。私がそんな考えなしに見える?あの子に護衛をつけないなんて言ってないじゃない。もちろん適当に後任を見繕うわよ」
――この提案は、客観的に見れば魅力的なものだ。
大公家の次女よりも長女に仕えた方が騎士として箔が付く。侯爵家との縁談も結びやすくなるだろう。受諾一択に決まっている。断る理由がない。
「申し訳ありませんが、お断りいたします」
しかし彼の口から出たのは、思考とは相反するものだった。予想していはかったであろう返答を受けてイゾッタが目を丸くしているが、己の口から出たその言葉に彼自身驚きながら、彼は言葉を続ける。
「……現在の任務に不都合はありませんので」
「……私よりもフィオラの護衛をしていたいってことかしら?」
笑顔は崩さないまま、先程よりも冷えた声音で問うイゾッタ。大公令嬢の提案を見習い騎士ごときが蹴ったのだから、気分を害して当たり前だ。
「任された責務を全うしたいだけです」
「……そう。まぁいいわ」
イゾッタの納得していないような不満気な顔を見ながら、温度のない声を聞きながら、ダリアスの頭の中には別の少女の顔が浮かんでいた。




