初対面の誘導
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木剣の打ち合う音が響く。練兵場にはたくさんの見習い騎士たちが訓練をしている。
「ダリアス!訓練に付き合え!」
その言葉に、藁束を巻き付けた木柱へ黙々と剣を打ち込んでいたダリアスが声の方へ顔をやる。視線の先では、気合いに満ちた顔の見習い騎士がダリアスを見ていた。
「ああ」
端的に答えると滴る汗を腕で乱暴に拭い、剣を鞘に納めてから武器台へと向かう。剣帯を外して武器台へと置くと、代わりに木剣を手に取った。
向き合い、掛け声と同時に相手が木剣を振り上げる。木剣はまっすぐに振り下ろされる。その一撃をダリアスは半歩身を引いて受け止めた。木剣の乾いた音が響く。衝撃を殺すように手首を返して相手の剣を横に流すと、すぐにダリアスは足を前に踏み出した。
しばらく打ち合いが続く中で、疲労からか相手の手元が僅かに浮く。その隙を見逃さなかったダリアスが木剣を振り抜き、今までで一番大きな音と共に相手の木剣が宙を舞う。
「……っ参った!」
息を切らして苦笑しながら、見習い騎士は少し離れたところに転がり落ちた剣を取りに行く。そして戻って来たかと思うと口を開いた。
「やっぱりお前強いなー。お嬢様の護衛するだけのことはあるな!」
「……たかが見習い騎士だ」
「いや、大きな声じゃ言えねえがお前、実力だけなら下手な騎士よりも強いって!」
その言葉にダリアスは何も返さない。そもそも、訓練中に雑談をするこの男の存在が目障りであり耳障りでもあった。
「それにしてもダリアスがこの時間に訓練に来るのは珍しいな!今日はお嬢様の護衛は休みか?」
ダリアスは一瞬視線をやるも、何も言わずに武器台へと向かい木剣を置いて、剣帯をつけて実剣を握る。息を切らしている癖に舌のよく回るうるさい男。そんなものにかまけている暇はなかった。
彼の言う通り、今は珍しくフィオラの護衛をしていないのだから。貴重な訓練の纏まった時間を無為に過ごしたくはなかった。
不意に空を見上げる。鉛色の雲が垂れ込んでいてどんよりとしている。
雨が降るのも時間の問題だろう。この雲の厚さから考えると明日は地面が泥濘みそうだ。
(あの方は……大丈夫なのか)
曇り空を見ながらダリアスは思う。
本来ならばフィオラの元へ今日は家庭教師が来る予定だった。しかし昨日施療院から帰宅して以降、彼女は体調を崩してしまっていた。
(治癒魔法ばかりして体調も崩して……とことん勉強する暇がない方だ)
その時、昨日の苦しそうなフィオラの顔が脳裏に過ぎりダリアスは吐き気のする感覚に襲われる。それを断ち切るかのように息を吐き、騎士棟へと戻ろうと身を翻した。
「ねぇ貴方、見ない顔ね」
騎士棟へと歩いていると、後ろから声を掛けられる。恐らく自分のことだろうと振り返ると、そこには自分と変わらないくらいの年齢の女がいた。
フィオラと似ているようで、似ていない女が。
ダリアスは彼女を見てすぐに姿勢を正して礼をする。目の前の女がフィオラの姉であることは、大公令嬢であることは明らかだった。
「かしこまらないで。顔を上げて。ねぇ貴方見習い騎士よね?名前は何ていうの?」
くすくすと笑いながら女は言う。彼女の名は確かイゾッタといったはずだ。
「見習い騎士のダリアス・ガレオン・バデアラと申します」
その言葉にイゾッタの眉がぴくりと動く。
「ダリアス……そう……。貴方がフィオラの……」
見習い騎士仲間たちがイゾッタを美人だと騒いでいるのをよく聞いていたが、確かになとダリアスは思った。フィオラとはまた違った美しさを持っていると。フィオラがヒナギクならばイゾッタはジギタリスのような女だなと考えたところで、今ここにいないフィオラのことを考えた自分に彼は心の中で小さく舌打ちをした。
「ねぇ、侍女から聞いたけど今日フィオラは体調を崩しているんでしょう?」
「はい」
「あの子も可哀想よね」
そう言ってイゾッタは心配そうな顔をして頬に手を添え言葉を続ける。
「あの子って体が弱いのよ。持病を抱えているの」
「……治癒術師に治してもらえばよいのでは」
「それがね、特殊な病気みたいで治せないみたいなの。これからきっとどんどん症状が出てきて、色々なことができなくなるわ」
その言葉にダリアスの眉がぴくりと動く。
「特殊な病気とは」
「あ、やだ。色々話し過ぎちゃった。気にしないで」
イゾッタは片手を口に当てながらそう言うも、ダリアスに一歩近づき口を開く。
「でもね、フィオラ本人は何も知らないの。だからダリアスも黙っててあげてね」
「……本人に告げなくてもよいことなのでしょうか」
ダリアスからの問いにイゾッタはふわりと笑う。
「知らない方が幸せなことって、あるものよ?」
彼からすればよく分からない回答だったが、一介の見習い騎士が大公令嬢の言葉に背くという選択肢があるはずもなかった。
「フィオラは社交界デビューすらできるか分からないわ。だから、勉強だって無理しなくていいの。させたいことを存分にさせてあげてね」
――暗に、治癒魔法のことを言っているのだろう。
彼女に勉強を無理強いさせず、聖女として本人が満たされるように好きなだけ治癒魔法をさせるように、と。
そう解釈したダリアスはイゾッタに静かに一礼する。
「仰せのままに」
彼の返事を受けて満足そうに口角を上げたイゾッタは、よろしくねとだけ告げて身を翻していった。
風に乗って甘い香りがダリアスの鼻をつく。それはフィオラよりも遥かに濃厚で強い薔薇の香りだった。




