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嘘つき

「……不細工……」


乾いた笑いが夜の静まり返った部屋に響く。自室の鏡にはぼろぼろの顔になっているフィオラが映っていた。


フィオラは木彫りのうさぎを寝台脇のサイドテーブルへとことりと置く。気持ちを自覚してもなおこの場所に飾る自分を何だか滑稽で惨めだと思いながら。


「……あれ……?」


うさぎを見つめていると、彼女の胸に不意に疑問が湧く。


――そういえば、ダリアスと姉はいつから恋仲なのだろう。


「……過去も……?」


十四歳のダリアスとイゾッタがすでに恋仲なら、過去だってきっとそうだったはずだ。けれど……。


――『ダリアスのことが好きなんでしょう?一緒にお茶でも飲むといいわ』


過去のイゾッタは自分の彼への恋心に気づいていて、応援するような言葉も口にしていた。あれはどういうことなんだろう。


ダリアスはイゾッタと恋仲なのに、何も知らずに彼を思う自分が滑稽だと嘲笑っていただけなのだろうか。それとも何か別の思惑があったのだろうか。


(別の……思惑……)


そこまで考えて背筋にぞくりと冷たいものが走る。


――もしかしてイゾッタは過去にダリアスと共謀していた?


ダリアスは下らない冗談は言わない。職務もきっちり果たす真面目な人間だ。けれど彼は伯爵令息だ。一貴族なのだ。真面目とは言っても実直なわけではないだろう。


最期の日に自分を射抜いた昏く冷たい冬の深淵のようなダリアスの瞳。その後に弾かれたように強く自分を拒否したダリアス。それをまるで昨日のことのように思い出して、胸がずきずきと痛み出す。


「私が……邪魔だったから……殺した……?」


そう呟いた声は掠れていた。自分の言葉に指が震える。けれど二人が共謀して自分を殺したと考えると、すべてのことが驚くほどしっくりきた。すべての辻褄が合う気がした。


香り袋を、魔物寄せを渡したのは、自分が二人の仲の邪魔だったから。ダリアスが冷たく自分を拒絶したのは、もう最期の日だと分かっていて優しくする必要がなかったから。


三年前からずっとダリアスとイゾッタが恋仲でずっと護衛騎士として彼を所望していたのなら、自分は何年間も邪魔で排除したかったのだろうから。


止まっていたはずの涙が頬を伝う。


「言って……くれたら……」


言ってくれたら良かったのに。過去に姉から私達は恋仲だから護衛騎士を譲ってくれと言われたら自分はダリアスを譲っていた。二人の恋を祝福してくれと言われていたら祝福した。


傷つかないかと言えば嘘になる。けれど敬愛する姉の幸せを願っていたから。


ダリアスのことも姉のことも、大切で、大好きだったから。


「殺さなくても……良かったのに……」


(……これは、殺すほどの、ことだったの?)


いや、違う。そういうことではないのだろう。


自分の命は彼らにとって、その程度のものだった。それだけのことなのだろう。邪魔だから殺してしまおうと、そう思える程度の命。まるで、道を歩く蟻に気づかずに踏み潰すみたいに。


かけがえのない存在だったダリアスとイゾッタ。何に変えても守りたいと、そう思っていた二人。


けれど彼らにとって自分は、容易く殺していいと思える程度の軽い存在だった。その事実がフィオラの胸にぐさりぐさりと突き刺さる。


「もう……嫌……」


誰からも愛されず、誰からも疎まれて嫌われて。こんな自分に一体何の価値があるというのだろう。


フィオラはのそりと戸棚へと向かい引き出しを開ける。そして手を伸ばし、ゆっくりと引き出しの中のナイフを握りしめた。


――もう自らの命を終わらせてしまおう。


光を失った青い瞳で手の中のナイフを見ながら身を翻したその時。こつりと固い感触が太腿に伝わる。


――『せいじょさま!さっきはありがとう!』


「……あ……」


ナイフが手から滑り落ちていく。フィオラがナイフを拾うことはなく、その手はポケットへと伸びる。


取り出したのは繊細な百合の刺繍の巾着袋。震える手でころりと歪な小石を取り出す。どう見ても花の形には見えない小石。――小石をくれた幼い子供の屈託のない笑顔が目に浮かぶ。


「う……っうう……っ」


自分に純粋な感謝の気持ちを伝えてくれた。自分なんかに大切な宝物を贈ってくれた。その時の記憶が甦ってくる。


涙がぼろぼろと零れ落ちる。先ほどあれ程泣いたというのに、まだ枯れ果てていないのか。けれどその涙は先ほどまでとは違っていた。


――まだ、死ねない。死んでなんかやらない。


そんな気持ちを孕んだ涙だった。


過去は邪魔者として容易く葬られてしまったけれど、今は違う。自分はまた生きている。自分はまだ生きている。


今のままでは、これからまたイゾッタとダリアスは共謀して自分を殺そうとするのだろう。


「そんなこと、させない……」


理由は分からないけれど、ダリアスもきっと死んで過去に戻っているのだろう。フィオラは喉を上下させる。


自分も同じだとダリアスに打ち明けなくて良かった。信じなくて良かった。


――『守るから。頼れ』


「……やっぱり、嘘つきね」


僅かに口角を上げ掠れた小さな声でぽつりと呟きながら小石を丁寧に巾着に入れて、机に静かに置く。


そしてフィオラは木彫りのうさぎを手に取り、戸棚の引き出しの奥へと仕舞い込んだ。ダリアスへの恋心を無理やり見えないところへ押し込むかのように。

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