不自然な
「お嬢様?」
黙って何も言えずにいるフィオラに、カルロが返事を催促するような声を掛ける。彼女は顔を上げるも、やはり口は噤んだままだった。
そんな自分に呆れたのだろう。フィオラの耳にダリアスが小さく息を漏らす音が聞こえてくる。
(仕方ないじゃない。言えるはずがないじゃない。そんなことを言ったら……自分を余計惨めに感じるだけじゃない……)
「お嬢様、疲労が溜まっているのでは。そろそろ治癒術師を下がらせて休まれては」
「……え?」
フィオラの口から思わず間の抜けた声が出る。ダリアスのその言葉から彼女が感じたのは――気味の悪い違和感だ。
過去はどれだけ治癒魔法を施しても、ダリアスは黙ってそれを見守るだけだった。途中で止めることなんて一度もなかった。
昨日についてもそうだ。フィオラが命に関わる誤った魔法の使い方をしていることを知っているのに、それでも彼は途中で制止の声を掛けたりはしなかった。
それなのになぜ彼女が言葉に窮していただけで、まるで助け舟を出すかのようなことを彼は言ったのだろう。
(……考えても無駄か)
フィオラは小さく首を振る。
過去も含めて三年以上関わってきたのに、結局自分は彼のことを何も知らないのだ。現に、彼が嫌味を言うような人間だったことすら、死ぬまで彼女は知らなかったのだから。
「……そうね、早く休みたいわ」
フィオラがそう言うと、カルロは諦めたような顔で小さく笑った。
***
カルロが退室するとフィオラはベッドに座り、足はだらんと下ろしたまま横になった。
「大丈夫ですか」
「平気だから下がっててよ。一人で休みたいの」
フィオラがそう言うと、ダリアスは一礼をして部屋を横切って扉へと向かう。その姿をぼんやりと横目で見ながら、彼女はふと口を開く。
「……ねえ」
「はい」
その声に扉の取っ手へと伸ばしていたダリアスは手を止め、彼女の方へ顔を向ける。
「貴方、どうしちゃったの?」
ベッドにうつ伏せになり頬杖をつきながら話すフィオラにダリアスは眉をしかめる。その表情の変化に気づかない彼女は、曲げた両足をぶらぶらと揺らしながら言葉を続ける。
「昨日から何か変よ?頭でもぶつけた?」
「……変とは」
「やたら謝罪してたのもだし、今日はいつもより……何て言うか……」
自分から疑問を投げかけたものの、フィオラは言葉に詰まってしまう。何と言えばいいのかよく分からない。
庇ってくれていたのではと問えば自意識過剰な気がするし、自ら率先して護衛するようになったのではと確認するのも何だか失礼な気がする。
「……何だかいつもより護衛されてる感じがしたから。……いつもと比べると、過保護というか」
「お嫌でしたか」
「いや、そういうわけじゃなくて」
そこまで言って彼女の言葉は止まる。ダリアス自身にも行動が変わった自覚があったのか。そう思い至ると余計に混乱した。一体なぜ、何の意図で?
困惑した表情のフィオラを見てダリアスは小さく息を吐く。
「……以前も申し上げましたが、お嬢様はもう少し色々と学ばれるべきかと」
「なっ、……馬鹿にしないでよ!」
カッとなり勢いよく体を起こして近くにあったクッションを投げるも、ダリアスには届かない。情けなく彼の近くに落ちたそれがまるで何だか自分のようで、フィオラは頬の内側を噛んだ。
クッションを静かに見下ろしながらダリアスが口を開く。
「先ほどのご質問ですが」
「え?」
「……頭をぶつけたとでも思っておいてください」
それだけ告げて、ダリアスは扉を開けて部屋から出て行く。フィオラはしばらくぼんやりと部屋の扉を見つめていた。
***
「お嬢様、止めてください」
カルロの制止の声が部屋に響く。フィオラはその声に大きく溜息を吐いた。
「……また?」
「また、ですね」
「もう!どうしてよっ」
そう言いながら握っていたカルロの手を雑に放り投げるように振りほどく。あれから毎回魔道具を用いて訓練しているが、その進捗はあまり芳しいものとは言えなかった。
魔力を体内に取り入れることは比較的安定してできるようになったが、いざ治癒魔法を施すという時になると、ほぼほぼカルロに止められてしまうのだ。
「でもまあ、少しずつ進んでいると思いますよ」
フィオラからの乱暴とも言える扱いに対してなのか、なかなか進まない訓練に対してなのか、カルロが苦笑しながらそう言うと彼女は不満気に口を尖らせた。
「どこがよ」
「魔力を取り入れること自体はほとんどできるようになってますし、治癒魔法を正しく使えることもできるようになってきたじゃないですか。成功率は限りなくゼロに近いですが、それでもゼロではありません」
「それで励ましてるつもりなの?馬鹿にされてる気しかしないわ」
睨みつけながら言うフィオラに、先ほどまで苦笑していたはずのカルロは愉しげに笑う。何が可笑しいのか意味が分からない。自分はこんなに懸命に訓練しているというのに。命に関わることだというのに。
現状を軽く捉えているようにしか見えないその能天気な笑顔に、フィオラは苛立ちが募っていくのを感じていた。




