出来損ない
「実は私ですね、下に五人の弟妹がいるんです」
「いきなり何を……」
「あ、上にも二人いるんですけどね」
「そんなこと聞いてないわよ。何なのよ急に」
「今でこそ魔塔にいるから関わりも減りましたけど、これだけ人数が多いと平民はやっぱり弟妹の世話をしないといけないんですよ」
突然始まったカルロの身の上話。フィオラの戸惑いなどお構いなしに彼は話を続ける。あまりの予想外の展開に、先程まで彼女の中にあった焦燥感はいつの間にか消えてしまっていた。
「だからこれまで当たり前のように成長を見届けてきてたんです」
ここまで勝手に話を進められて、だから何だと突っぱねる気力すら湧かない。フィオラは小さく息を漏らして毛先をいじる。
(どうでもいいから早く終わってくれないかしら)
場合によっては手近な物でも投げつけて話を止めようか。そんなことを考えながら不意にカルロに視線を向け、そして目を瞬かせた。
――カルロがあまりにも穏やかな瞳でフィオラを見つめていたから。
思わず心臓がどくりと鳴る。こういった生易しい視線には慣れていない。どう反応したらいいか分からない。フィオラがどぎまぎしている間にもカルロは話を続ける。
「赤ん坊は誰に教えられずともハイハイをします。もちろん、弟妹たちも。ですが、お嬢様は勘違いをしていませんか?誰でもその時期になるとすぐにハイハイができるようになると」
そんなことをフィオラが知るわけがなかった。彼女はまだ十歳。下に弟妹などもいない。赤子の知識がないどころか、そもそも赤子についてフィオラは深く考えたことすらなかった。
「たいていはずり這いから始めて、徐々にハイハイをするようになります。稀にハイハイを飛ばして立てるようになる子もいますが。かかる期間は人それぞれです。要は千差万別なんですよ」
それに、とカルロは言う。
「そもそも、足が不自由な子だっているわけですからね」
その言葉にフィオラはハッと顔を上げる。彼女の脳裏を過ぎったのは露店の女店主、そして、白百合の刺繍が美しい巾着袋だった。
――『娘は生まれつき足が不自由でしてねぇ』
フィオラはドレスをぎゅっと握る。大切だからこそ、今日あの小石は持って来ていない。お気に入りの小物入れに仕舞い、机の引き出しに入れている。けれど今になって彼女はそれを後悔していた。
(小石……持ってくれば良かった)
理由は分からない。けれど何だか自分のことが猛烈に恥ずかしい。赤ん坊すらできることなのにと憤慨していたことに、浅はかさすら感じる。
早く魔力制御を習得したい気持ちに変わりはない。当たり前だ。自身の命に関わることなのだから。
フィオラは唇を噛んだ。
「みんなそれぞれ違うとしても……私が出来損ないなことには変わりないじゃない」
自分で吐いた言葉なのに、刃物のように自身の傷を抉られる感覚に陥る。
そう。例え他の人間がどうであれ、自分と同じレベルの人間がいたとしても、自身が落ちこぼれである事実は変わらないのだ。自分と同じく底辺の人間が数多いたとしても、それは傷の舐め合いにもならない。何も救われやしないのだ。
「お嬢様が出来損ないだと思ったことはありません」
「心にもない慰めは皮肉にしか聞こえないわ」
「本心ですよ」
「嘘ばっかり。私のことを自己評価が高いとか言ってたじゃない。落ちこぼれのくせにって見下してたからでしょう」
淡々と応酬するつもりが、話しているうちにフィオラの気持ちは次第に昂っていく。
「違います。それだけお嬢様の状況は根深いと言いたいだけです」
「だからそれが何だって言うの!?どんな事情があってもできるかできないか、それだけでしょう!?全部できない人間の言い訳にしか過ぎないわ!」
その言葉にカルロの眉がぴくりと動く。
「……どんな事情があっても、ですか」
「な、何よ」
フィオラは自身の言ったことを繰り返されて思わずたじろぐ。何もおかしなことは言っていないはずなのに。
大丈夫、自分は間違っていない。心の中でそう言い聞かせていると再びカルロが話しかけてきた。
「……つまり先程の話で言うと。お嬢様はハイハイもできない赤ん坊は足が不自由だろうがどんな理由があろうとも出来損ないだと、そう仰りたいのですか?」
「……っ」
フィオラは口を開きかけ、唇を固く結ぶ。そして気まずそうな顔で俯いた。彼女の脳裏に再び露店の女店主の顔が過ぎる。
(私……私は……)
――なんて失礼なことを、なんて残酷なことを言ってしまったのだろう。
フィオラの顔がみるみるうちに青ざめていく。思わず口に手を当てる。
違う。そんなつもりはなかった。けれど実際に自分が吐いたあの発言は……。
――足が不自由な店主の娘を侮辱したに等しい。
肢体が不自由な人を出来損ないだなんて。そんな失礼な考えを抱いたことなんて、一度もない。これまで色々な人間の治療をしてきた。けれど一度たりとも、微塵も、出来損ないだなんて思ったことはない。
だけど、それでも。
「そ、それとこれとは話が別よ……」
だから自分も落ちこぼれではないのだとは、どうしても思えなかった。
「なぜですか?」
だって自分の場合はできなければ、それは即ち死に直結することなのだから。生死に関わることすらまともにできない自分はやはり、出来損ないでしかないのだ。




