意欲と落胆
絶対に成功させたい。気合いに近いそんな思いを込めながらフィオラはゆっくりと息を吸う。部屋中を漂う光の粒がゆっくりと彼女の方へと流れていく。そして一粒、もう一粒と体の中へと入っていく。
(いける……!できる……!)
高揚感とともにフィオラの身体に力が入ったその瞬間のことだった。
「そこまで。やめてください」
静かに響くカルロの声に、フィオラはびくりと肩を震わせて目を見開く。
「な、どうしてよ!私できてたのに!」
怒りに任せて声を荒らげるが、カルロの厳しい瞳に怯んで言葉は続かない。
「できてません」
「な……」
「途中からまたご自身の生命力を魔力に変換しようとしてました」
反論の猶予もなく言い切られ、フィオラは言葉に詰まる。自分ではまったく気づかなかったその事実が彼女の心に影を落とす。フィオラは目を伏せて小さな声で口を開く。
「……もう一回、やらせて」
「もちろんです」
***
訓練は思うようには進まなかった。挑戦するたびに光の粒は身体へ集まってくる。身体へ入り始める。けれど、その先へと進めない。魔力を取り込めたとフィオラが感じたその瞬間、いつもカルロの制止が入ってしまう。
「お嬢様、止めてください」
「何よっまたなの!?」
あともう少しのはずなのに。どうして毎回上手くいかないのか。額に汗が滲み、輪郭を伝っていく。焦燥感ばかりが募っていく。フィオラは唇を噛んだ。
「焦らないで、落ち着いてください」
「もう一回……あ……」
再度試みようとしたが、突然室内が薄暗くなりフィオラは顔を上げる。今しがたまであった光の粒が次々と消えていっていた。
「今日はここまで、ですね」
最後の一粒がふっと消えるのを見ながらカルロが静かに告げる。今彼女の目の前に広がるのは光が漂う幻想的な部屋ではく、いつもの見慣れた室内だ。
フィオラは呆然としてがくりと肩を落とす。何の成果も出せなかった。一度も成功できなかった。
――自分は無能。
その現実を突きつけられ、視界が歪みそうになるのを必死に堪える。
「何で、どうして……私、ちゃんとしてるつもりなのに……。何回も何回も……どうして、何でよ」
声が掠れる。言葉にならない声が止まらない。様々な感情が一緒くたに混ざり合い、すべては自身へと向けられていた。そしてそれは次第に恐怖へと変わっていく。
――また過去と同じ道を辿ってしまうのではという恐怖へと。
(どうしようどうしたらいいの?何もかも全然上手くいかない……。このままじゃまた私……また、また、殺されちゃう)
「失礼を承知で申し上げますが」
妄執に取り憑かれたように奥歯を噛んでいたフィオラを、カルロの声が現実へと引き戻す。顔を上げて見た彼はあっけらかんとした顔をしている。
「私は今日お嬢様が成功するなんて初めから思ってませんでしたよ」
そんなことより、とカルロは笑顔で言葉を続ける。
「今日一日でできるようになると思っていたお嬢様の自己評価の高さに驚いてます」
「な……っ」
侮辱と思えるその発言にフィオラは顔を赤くして手を振り上げる。けれどその手がカルロの頬を叩くのは叶わなかった。
「お嬢様。おやめください」
「何よ、いつもいつも邪魔ばっかり……」
フィオラは自身の手首を掴んでいるダリアスの手を乱暴に振りほどく。
「大体、あ……」
――貴方、一体誰の味方なわけ?
そう言いかけて彼女は喉を閉じる。愚問だ。ダリアスが自分の味方ではないことは分かりきったことなのに。フィオラは心の中で自嘲しながら掴まれていた手首をさすった。
「お嬢様は案外楽観的なところがありますよね」
なおも口の減らないカルロをフィオラはキッと睨みつける。
「馬鹿にしないで!何なのよさっきから!」
ダリアスに止められることが分かっているので声を荒らげることしかできない。そんな彼女を見ながらカルロは困ったように笑う。
「お嬢様は五感を使うことも心を落ち着かせることも難しい。そんな状況で急に魔力を取り入れられるようになるなんて……普通に考えたらそんな希望的観測はできないじゃないですか」
「……っ」
カルロの笑顔がフィオラにはまるで嘲笑のように見えてしまう。フィオラはドレスをぎゅっと握りしめた。現状把握すらできない自分が情けない。そしてそれを容赦なく指摘するカルロが腹立たたしい。
「何で、何でよ……」
行き場のない感情を乗せた言葉が零れ出す。
「だって、どうしろって言うのよ!赤ん坊がハイハイするくらい誰でもできるって貴方言ってたじゃない!それなら私だってそうでしょ!?何よ、私は赤ん坊以下だとでも言いたいの!?」
ありったけの感情をぶつけるように吐き出し呼吸が乱れる。フィオラは荒い呼吸のままカルロを睨んだが、彼は少し哀しそうな瞳で彼女を見つめている。それがさらに彼女の感情を逆撫でした。
(可哀想なモノを見るような目で、見ないでよ……!)
「……っ、何よ……!」
カルロは目を閉じる。そしてゆっくりと再び目を開けた時には、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
「お嬢様は勘違いをされています」




