魔道具
「別の訓練方法……?」
フィオラが訝しげにカルロを見るも彼はそれを気にすることはなく、自身の持ってきた鞄の中をごそごそと漁っている。
「これを使おうと思います」
そう言って掌ほどの大きさをした黒ずんだ楕円形の物を取り出す。奇妙な紋様が刻まれた大きな卵のような謎の物体にフィオラは眉をひそめる。
「何それ、気持ち悪い……」
「先輩から借りてきたんです」
明らかな嫌悪感と警戒の眼差しを向けるフィオラだが、お構いなしにカルロは言葉を続ける。
「これは先輩が研究中の魔道具なんです!」
「魔道具……?それが……?」
この気味の悪い物体は一体何に使う魔道具なのだろうか。怪訝な顔でフィオラが尋ねようとしたその時、彼女より先にダリアスが口を開いた。
「お嬢様の身に危険が及ぶ恐れは?安全と言いきれるのか」
背後から聞こえてくる冷えた鋭い声音。ダリアスに視線を向けはしないものの、フィオラは目を丸くしていた。
(……なんで?)
胸の奥がざわりと騒ぐ。カルロが饒舌に何やら説明をしているが、その言葉はフィオラの耳にはまったく入ってこない。ダリアスの発言があまりにいつもの彼らしくなかったから。
彼はフィオラの護衛。だから彼女を守ることは当然のことだ。それが彼の職務なのだから。けれど今までの彼は、こんなふうに分かりやすく自分を守るための言動をとったりはしなかった。
過去ですら、彼はこういった発言はしなかった。行動で護衛としての職務はしっかり果たしてくれるものの、言葉で相手を牽制したり警戒したりすることはなかったはずだ。それなのに……。
(どうして?)
彼女の頭の中は疑問符で埋め尽くされていく。まるで自分のことを義務ではなく心から守ろうとしているようではないか。先ほど庇うように間に立ったことといい現在といい、彼はどうしてしまったのか。一体彼の心境に何の変化があったというのか。
そこまで考えてフィオラは頭を振る。
たとえ彼に何があったとしても関係のないことだ。事情はどうあれしっかり護衛するのは自分にとって都合のよいことではないか。
「……お嬢様、お嬢様?聞いてます?」
現実へと引き戻すカルロの声にフィオラはハッと我に返る。
「あ、えっと、何だっけ?」
少しばつが悪そうに答える彼女に、カルロは聞いてなかったんですねと言いながら苦笑する。
「この魔道具は外界の魔力を可視化するものなんです」
「魔力を可視化?」
「そうです。まだ研究途中なので長い時間は使えませんけどね」
そう言いながら黒い魔道具を持ち上げて見せるカルロ。フィオラはその言葉を聞いてもなお彼の訓練の意図が分からず眉根を寄せる。
「それが何の訓練になるっていうの?」
「魔力が実際に見えたら体内に取り入れやすいでしょう?」
カルロは言葉を続ける。
「正直なところお嬢様を見ていると、五感を感じる訓練では魔力制御の習得はいつになるか分からないというか……かなり時間がかかると思います」
「……っ」
遠回しに出来損ないと言われたようで言葉に窮する。情けなさで唇を噛む。けれど次第に悔しさと怒りがじわじわとこみ上げてくる。何か言い返さないと気がすまない。そう思いフィオラが口を開こうとしたその時だった。
「安全性は確認されているそうですが、どうされますか」
背後からのダリアスの声に思わずフィオラは彼の方へ顔を向ける。青灰色の双眸と目が合ったかと思うと、彼はカルロの手元へと視線を移動させる。
「挑まれるか辞退されるかはお嬢様次第かと」
感情の見えないその瞳は黒い魔道具を見つめている。どうせやる度胸もないのだろう。フィオラにはそう言われているように聞こえて、思わずかっとなる。
「や、やるわよ!やれるに決まってるじゃない!」
声を荒らげるフィオラを見てもダリアスは表情一つ変えない。ただ彼女にちらりと目を向けただけだった。
「では、早速始めましょうか。窓を開けてもよろしいですか?」
「え、ええ……」
「ありがとうございます」
カルロは窓を開けると、差し込む光の中へ魔道具を掲げる。すると刻まれた奇妙な文様が鈍い光を持ち始め、低い振動音が響き出した。やはり、何だか気味が悪い。この魔道具は欠陥品なのではないか。そう思った次の瞬間、フィオラは目を見開く。
「これって……」
フィオラは息を呑む。つい先ほどまで何もなかった空間に、金色に輝く光の粒がふわりふわりと浮かんでいる。
ラベンダーの香りと共に風が流れ、その風に乗るように無数の光の粒がゆっくりと部屋の中を漂っていた。
「……綺麗……」
思わず見惚れてしまうほど幻想的な光景。カルロは一つの光の粒へ指先を伸ばす。触れたはずの粒はふわりと形を崩し、また別の粒と混ざり合うように漂っていく。それを見届けると彼はフィオラを見て静かに、けれど満足げな笑顔で口を開いた。
「これが、この世界を満たしている魔力です」




