治癒術師の中
「あぁ、そうですね。すみません、つい……」
ダリアスに制止され、カルロはようやく我に返った。フィオラは魔力制御どころか、正しく魔法を使えてすらいない。彼女の魔法は自身の命を削る行為だ。にも関わらず大人数に治癒魔法を施したという。それを聞いてつい我を忘れてしまったのだ。
自分の指導力がもっと優れていたならば、と。そうすれば、魔力制御を身につけさせてあげられていたのに、と。
フィオラに距離を詰めてしまったことと自身の指導力を反省し、苦笑しながらカルロは顔を上げた。すると、自身の背中に氷を当てられたかのような感覚が彼を襲う。
――ダリアスの放つ威圧感と冷たい双眸。
それはまるで剣先を喉元に突きつけられているような鋭さだった。ダリアスはただ立っているだけだというのに。
(こ、怖いんですけど……)
今にも斬られそうな迫力に、カルロは冷や汗をかきながら慌てて後退してフィオラとの距離を開ける。しかし、はたと思う。自分はそこまでのことをしたのだろうかと。
大きな声を出してしまったかもしれない。許可もなく近づき過ぎたのも間違いない。大公家のご令嬢に無礼が過ぎた。これはもちろん猛省すべきだ。でもそれは、彼女の身を案じてのことだ。一切害意はない。
確かに悪いことをしたとはいえ、これは殺気を放たれるほどのことなのだろうか。自分が平民出身だから理解できないだけなのだろうか。
(いや、でもなぁ……)
いつの間にかいつもの平静の状態に落ち着いたダリアスを見ながら、カルロは再び逡巡する。
護衛の職務だと結論づけようとしても、どうも納得がいかない。これまでのダリアスを見ている限り、彼はフィオラを盲目的に守っているようには思えなかった。どちらかというと、むしろ彼女をいつも諌めているような印象だ。
(言っちゃ悪いが、こんなことでこの人が殺気出すのは違和感しかないんだけどなぁ)
そもそも、魔力制御を指導するにあたってカルロはフィオラの手を握ったりもしている。しかしその時のダリアスは、カルロを止めようとすることはなかった。貧民街の子供とフィオラが似ていると無礼極まりない発言をした時ですら、彼はカルロに何も言わなかった。
(今回と何が違うんだ?事前のお伺いか?貴族様の世界はよく分からないな……)
カルロはそこで頭を軽く搔いて考えるのをやめる。考えたところでどうせ答えは出ないのだから。
「それでお嬢様、お身体の調子はいかがですか?」
「うるさいわね。大丈夫だから放っておいてよ」
片手を振ってあしらうように言うフィオラにカルロは眉根を寄せる。
「そうやって軽く見てると取り返しのつかないことになりますよ」
「……何それ、脅し?」
小さく肩を強ばらせるフィオラ。それを見てカルロは小さく息を漏らす。
(この方もなぁ、絶対色々抱えてるんだよなぁ)
明らかに彼女は色々とおかしい。大公家の令嬢という高貴な身分でありながら、何も魔法のことを学べていない。そして魔力の放出方法はでたらめどころか、彼女自身の命すら危ぶまれるやり方だ。
そしてフィオラには高慢な態度もよく見られる。聖女だなんだと持て囃されているからかと思えば、魔法を使わせてみるとその実は高慢な人間ではないのだとすぐに分かる。
酷使しすぎて今は正しく使えなくなっている彼女の魔法。それは、限界を超えるほど多くの人に日々治癒魔法を繰り返し施してきた証拠でもある。傲慢な人間がそんなことをするはずがない。自主的であれ、強制的であれ。
――大公家は、歪だ。
フィオラを見ていると、彼の中でその思いはより確信めいたものになっていく。大公家は聖女という称号を与えておきながら、娘に愛情を与えず彼女を駒のように扱っている。そしてそれを屋敷全体が容認している。彼女はまだ十歳だというのに。
(平民でもここまで我が子を酷使しないのにな)
彼女がいつも全身に棘を立てて攻撃的なのも、きっとこの雰囲気を無意識に感じ取っているからだろう。だからこそカルロは、攻撃的なフィオラに直面するたびにやるせない思いになっていた。
(一刻も早く魔力制御を教えて差し上げないとなぁ)
そんなことを考えている間もフィオラはカルロをじとりと睨んでいる。蒼い瞳を見つめながら密かに決意を新たにして、カルロは口を開いた。
「脅しているつもりはありません。事実を申し上げているんです。お嬢様の身を案じているだけです」
そう言って言葉を続ける。
「今後もこのようなことがあっては困るので……」
「わ、私ならやれるから!」
言葉を遮って大きな声を出すフィオラに目を丸くする。そして心の中で苦笑する。
(こういうところだよなぁ)
「大丈夫ですよ。だから魔力制御を学ぶのをやめましょうなんて言いませんので」
カルロがそう言うと、フィオラはあからさまに安堵の表情を浮かべる。訓練を中止されると早合点したのだろう。彼女は以前もそのような勘違いをしたことがあった。一治癒術師として一度引き受けたことを放棄するなんて無責任なことをするはずがないのに。そんなことは己の矜恃が許さない。
ただ、度々訓練の中止を想像させてしまうのは自分の落ち度だとカルロは思う。信頼関係が築けていないのだろうと。
(まぁでも、たった数回指導しただけじゃ信頼関係も何もあったもんじゃないか)
「今日はお嬢様に別の訓練方法を提案しようと思いまして」
そう言ってカルロはにこりと笑った。




