巾着袋の謝罪
施療院から少し歩いた先には小さな露店が軒を連ねていた。小物、髪飾り、装飾品。領民たちの生活に寄り添うような品々が陳列台に並べられている。
領民向けの素朴な作りのものばかり。それでもこの道を歩くのは過去も含めて初めてのことだった。いつもは治療が終わり満身創痍で素通りするだけ。けれど、今日は違う。フィオラはきょろきょろと興味深げに周りを見渡していた。
ふと、色とりどりの布製品が並べられている露店に目が留まる。吸い寄せられるように店の前へと足を向ける。
麻や木綿で仕立てられた巾着袋や小物入れ。刺繍入りのハンカチ、色鮮やかな髪紐、鍋つかみや手提げ袋まで所狭しと吊るされている。
生成り、藍、若草、山吹、深紅。風に揺れるたび幾重にも重なった布がふわりと翻り、まるで花畑が揺れているようだ。色彩豊かな糸で縫い取られた花や鳥、小さな木の実の刺繍。それぞれ少しずつ図柄が違って同じものは一つとしてない。決して高価ではないはずなのに、フィオラには一つひとつに作り手の温もりが宿っているように見えた。
「きれい……」
思わず見入っていると、風に揺れた一枚の布が陽の光を受けてきらりと輝き、彼女の目を奪う。それは生成り色の布地に白百合を中心として可憐な小花が刺繍された、小さな巾着だった。
「これ……」
なぜかは分からない。けれど、強く心惹かれる。この大きさなら小石も問題なく入りそうだ。フィオラは巾着を手に取る。
「聖女様、それがお気に召しましたか?」
恰幅のいい店主がからっとした笑顔で話しかけてくる。繊細な刺繍とは対称的な快活さのある女性にフィオラは戸惑う。
「あ、えっと、はい。とても綺麗で目が惹かれて……」
ぎこちない笑顔を作って対応すると、嬉しそうに店主が笑う。
「聖女様に気に入っていただけるなんて、そりゃありがたいですねぇ!ここにある商品のほとんどはうちの娘が作ったんですよ!」
「……娘さんが……」
「娘は生まれつき足が不自由でしてねぇ。でも神様が手先の器用さを与えてくださってねぇ。こうやって稼げるから良かったですよ」
何でもないことのようにあっけらかんと話す女店主にフィオラは目を見開く。
苦労はたくさんあっただろう。もしかしたらきっと、今も。けれど、目の前の女性はそれをどこ吹く風と笑い飛ばしている。
治癒魔法を使う度に体に不具合が起きているフィオラ。足の不自由な店主の娘。 会ったこともない店主の娘にフィオラはどこか自分を重ねてしまう。そして、羨ましく思った。
(……私のお母様も、こんな人だったら良かったなぁ……)
眩しそうに目を細めながら指で刺繍をなぞる。
「これ、買います」
そう言って、フィオラが懐から銀貨を取り出そうとしたその時だった。横から手が現れて陳列台に銀貨を数枚置く。
「これで足りるか」
「十分ですよ。あ、ちょいとお待ちくださいね。釣り銭を……」
「釣りはいらない」
上から降ってくるその声にフィオラがはっとして見上げると、支払いを済ませ巾着袋を手にしたダリアスと目が合う。
「な、ちょっと、ダリアス!代金は私自分で……」
「もう済ませました。他に用事がないなら帰りましょう。お体に障ります」
「ちょっ、貴方が指図しないでよ!」
ダリアスは返事をせずに歩き出す。
「護衛がさっさと先に行かないでよ!」
何て無礼な男なんだ。そう思いつつフィオラは慌てて後を追っていると、背後から店主の明るい声が飛んでくる。
「聖女様ありがとうございましたぁ!またお越しくださいねぇ!」
「あ……」
そこでフィオラはろくに礼も言えないまま露店を後にしてしまったことに気づく。申し訳なさそうに振り返るも、店主は気にした様子もなく、大きく手を振っていた。
その様子に小さく安堵し、フィオラは前へと向き直りダリアスを睨みつける。
「ダリアス!勝手に先に行かないでって言ってるでしょう!」
ようやくダリアスが立ち止まり、振り返る。感情は見えない。けれど絵画から出てきたような端正な出で立ちに、思わずどきりと心臓が鳴る。彼は一歩フィオラに近づいてその手を取る。
「どうぞ」
「え?」
「先ほどの巾着袋です」
そう言ってフィオラに巾着袋を渡す。それを受け取ると、彼女は不満気に口を尖らせた。
「……何で貴方が支払ったのよ」
「……謝罪です」
僅かに眉根を寄せて答えるダリアスに、フィオラも眉をひそめる。意味が分からない。
「女の子に小石を貰った時も貴方謝罪してたけど、さっきから何なわけ?」
「この巾着の代金は……本日の発言の謝罪です」
ああ、とフィオラは懐から出した小石を巾着袋にしまいながら記憶を辿る。
――『ご自身の命よりもイゾッタ様の願いの方が大事だとは、見上げた崇高さですね』
――『自己犠牲精神の結果がそれですか』
「……謝るくらいなら最初から言わないでよ」
言いながらフィオラはさらに少し腹を立てる。しょっちゅう自分に嫌味を言ってきているが、やはり自覚はあったのか、と。ただ、そんなことよりダリアスの言い回しが妙に引っかかっていた。
(巾着の代金“は”?)
ならば、先ほど小石を貰った後の謝罪とはまた別ということなのだろうか。
「じゃあ、その前の謝罪は結局何だったの?」
フィオラが問いかけても、ダリアスは静かに視線を逸らすだけだった。




