宝物
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意識がおぼろげになったかと思えば、気づけばフィオラは眠ってしまっていたようだった。治癒魔法を長時間使った後遺症か、まだ倦怠感が抜けきれない。それでも、頭痛はほとんど落ち着いている。吐き気もない。この程度ですんで良かったと思うべきだろう。
寝ている間に汗をかいたのか、額に髪が張りついてべたついて気持ち悪い。薬の瓶が触れ合う音や引き出しが開閉する音が意識の表層をかすめていく。不意に頭上に人影を感じる。かすむ目でフィオラが見上げるとダリアスがいた。
「起きられましたか」
ダリアスが身をかがめてフィオラを覗き込む。
「あ、ダリアス……?」
「はい。お加減は」
指で額に張りついた髪を払うダリアス。
(触らないで)
そう言いたいのに、触れたその指先はひんやりと冷たくて心地よい。フィオラはそっと目を閉じる。
「……大丈夫」
「……熱はないようですね」
額から手が離れる。名残惜しいと思ってしまった自分に小さく眉を寄せた。
(何を考えてるの、私)
相手は散々嫌味を言ってきた男だ。それにダリアスは護衛として体調を確認しているだけ。それなのに、その手を心地よいと感じてしまった。
「水をちょうだい」
フィオラはゆっくりと起き上がる。そして差し出されたコップを受け取り喉を潤す。冷たい水が身体全体に染み渡っていくようだ。
「どれくらい寝てた?」
「一時間ほどです」
「あまり時間が経ってなくてよかった」
言いながらベッドから降りて立ち上がる。もう立ちくらみもしなかった。倦怠感があるだけだ。この程度なら何の問題もない。フィオラが歩き出すと黙ってダリアスが付き従う。
(……どうにか終われて良かった)
イゾッタに言われ怯えてしまい、断れないまま治癒魔法を施した。
過去はもっと多くの人々を治療して身体を酷使し続けても、その日のうちに命を落とすことはなかった。だから今日明日に急に死ぬわけではないと頭では分かっている。
それでも、怖い。
あの頃のように熱に浮かされ、全身の痛みに耐え、吐き続ける日々。その先に待っていた破滅を、身体は嫌というほど覚えている。
だからこそ、たった一時間の休息でここまで回復したことにフィオラは心の底から安堵していた。
施療院を出ると外の空気が頬を撫でる。少しだけ砂埃が混じった風。それでも、治療を乗り切れた解放感でそれすら心地よい。そして帰路に着こうと足を踏み出したその時のことだった。
「せいじょさま!」
呼び止める声にフィオラは足を止める。振り返ると、そこには見覚えのある幼い子供が立っていた。先ほど熱を出し、治癒魔法を施したばかりの子だ。治療したとはいえ、治ったばかりなので安静にするよう施療師が言っていたはずだ。なぜこんなところにいるのだろう。フィオラは首を傾げた。
すると、子供が駆け寄ってくる。親は近くにいないようだ。フィオラはダリアスが間に入って来ようとするのを手で制止して、子供の高さに合わせてしゃがみ込む。
「どうしたの?」
「さっきはありがとう!」
にっこりと笑うその瞳はきらきらと輝いている。
「て、だして!」
「え?」
「いいから、せいじょさま、てえだして!」
子供の勢いに圧され、手を差し出すとその上に子供はぽんと小石を乗せる。どこにでもあるような歪な形の、しかも汚れているただの小石。フィオラは目を瞬かせた。
「これ、おはなみたいなかたちなんだよ!かわいいでしょー!わたしのたからものなの!せいじょさまにあげる!」
一切の曇りのない眩しい笑顔で誇らしげな様子でフィオラに告げている。そう言われて改めて手の上の小石をじっと観察する。何度角度を変えてみても、花の形には見えない。
角張った、灰色の、ところどころ汚れた、小さな、歪な小石。けれど……。
フィオラは子供をぎゅっと抱きしめた。目元を深く緩ませている。
「せいじょさま?どうしたの?」
「本当にありがとう。とっても嬉しい」
泣き顔と笑顔の境目をなくしたようなその顔は、溢れんばかりの歓喜に満ちている。
こんなにも穢れのない感謝を、純粋な真っ直ぐな心を貰えたのはフィオラの生涯で初めてだった。
もちろん、礼を言われたことは多々ある。今日だってそうだ。過去はありがとうという言葉が何よりも嬉しかった。けれど、今となっては何もかもが信じられなくなってしまった。すべてを疑いの眼差しで見てしまう。
そんな彼女の胸に、この幼い子供の真心が強く深く染み込んでいく。
――泣きたいくらい、嬉しい。
「大切にするね」
「うん!」
体を離すと、嬉しそうな笑顔の子供がぶんぶんと手を振りながら走り去っていく。フィオラはそれを見届けた後でダリアスに視線を向ける。彼はなぜか僅かに肩を強ばらせ、瞳を揺らす。珍しい彼の動揺とも取れるその姿に彼女は眉根を寄せる。
「ダリアス?何、どうしたの?」
「……いえ。……申し訳ありません」
一体何に対する謝罪なのか。意味がよく分からないまま、深い理由はないのだろうとすぐに結論を出してフィオラは口を開く。
「これを入れる小さな袋が欲しいから、露店に付き合って」
その手には、花の形には見えない小さな宝物が握られていた。




