どうして
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結局この日、フィオラは三十人ほどの領民を治療した。まだ多少の余力はあったが頭痛が酷くなり始めたため、そこで切り上げることにしたのだ。
(……痛い……)
フィオラはこめかみに手を当てる。過去には五十人近く毎日治療していたのに、この程度でつらくなるなんて。いや、過去は痛みに気づかない振りをして無理を重ねていただけかもしれない。
「大丈夫ですか」
疲れて椅子に座っていると、不意にダリアスの声が頭上から降ってくる。
「ありが……」
言いかけて、やめた。領民に治癒魔法を施してダリアスに大丈夫かと問われ、自分が礼を言う。過去の癖が染みついて、つい条件反射のように礼を言おうとしてしまう。フィオラは顔を逸らして返事をし直した。
「平気よ。この程度なら問題ないわ」
ダリアスは何も言わずに彼女の顔を見つめていた。その視線に居心地の悪さを感じ、フィオラは眉をひそめる。
「……何よ」
「いえ。……少し休まれてから帰られますか」
「平気だって言ってるじゃない」
自分の言葉をまったく信じていないダリアスに思わず声が尖る。自分のことを病人だとでも思っているのか。フィオラは勢いよく立ち上がる。
「……っ」
その瞬間、立ちくらみがして足がふらつく。けれど倒れ込むことはない。ダリアスがフィオラの肩を掴んで支えていた。小さく彼女が安堵していると、乾いた声で彼が口を開く。
「自己犠牲精神の結果がそれですか」
「なっ」
カルロから今の治癒魔法のやり方では数年で命を落とすと言われたのに。訓練はまったく上手くいかないままで。イゾッタからの言葉を拒否したかったのに。目の前の恐怖から逃れるために受諾して。
その結果がこれだとダリアスは内心呆れて馬鹿にしているのだろう。
分かっている。自分が愚かだということは。自分でも、痛いほど。けれど……。
「馬鹿にしないでよ!って、きゃあ!」
言い返そうとしたが、言葉は最後まで続かなかった。ダリアスが軽々とフィオラを荷物のように持ち上げ歩き出したのだ。
「ちょっと!離してよ!」
みるみるうちに顔が赤くなる。必死に背中を叩いて降ろすように言うが、ダリアスはそれを無視してすたすたと歩みを進めていく。そして簡易寝台へ有無を言わさず半ば強引に寝かせた。ぞんざいな扱いにカッとなり、フィオラはすぐに身を起こした。
「何なのよさっきから!」
そう言って手を振り上げて頬を叩こうとするが、ダリアスに手首を握られてしまう。フィオラは奥歯を噛んだ。拒否しきれず領民の治癒魔法を施したのは確かだが、悪行をしたわけではない。感謝されてもいいくらいだ。それなのに、なぜこんな扱いを受けなければならないのか。
「休んでください」
「だから、平気だって言ってるじゃない!」
声を荒らげるも、少しも響いていない様子で鼻で笑う。
「治療終盤からしきりに顔を顰めておいて?」
「……っ」
フィオラはぎくりと肩を強ばらせる。見られていたのか。気づかれていたのか。
「そ、それはっ治療が面倒になってきただけできついとかそんなんじゃ……」
「頭を叩いて頭痛を誤魔化しておいて?しまいには足をふらつかせておいて?」
言い訳も遮られて突きつけられてしまう。馬鹿にしたように右の口角を上げているが、目はまったく笑っていない。むしろフィオラには怒りすら感じられた。
「……っ」
過去に向けられたあの冷たい昏さとはまた違う瞳。威圧感のあるその眼差しがフィオラに何も言えなくさせていた。日頃多くを語らない癖に、怒りを孕ませて説教する時は饒舌になるのかこの男は。そんなことを思っていると、ふとある考えが過ぎった。
(ああ、そういうことね)
考えてみてみれば答えは簡単だ。護衛対象が下手に倒れたりでもしたら面倒だから休んで欲しいということ。そんな事態になれば、彼の手間になってしまうから。
(でもそんなこと気にしなくていいのに)
過去ではもっと多くの人を治療していた。それでも倒れたりはしなかったのだから。もちろん、全身の痛みや吐き気や目眩はあったけれど。意地でもその場で倒れたりはしなかったのだから。
(……その後は高熱を出して一日中吐いて動けなくなるけど)
フィオラは自嘲する。皆が心配するだろうと気丈に振る舞い、自室に戻るまでつらい素振りを極力見せずにいた自分。なんて愚かなのだろう。
――誰も、微塵も、心配なんてしていなかったのに。
「……分かったわ」
逡巡した後でフィオラは横になる。ダリアスに弱い人間だとは思われたくはない。けれど健気につらいことを隠して頑張る理由も、もうないのだから。
「私が倒れたら面倒なんでしょう?言うことを聞いてあげるわ」
「そうですね。休まれてください」
否定せずに薄い布団をかけるダリアス。やはり面倒だったのだなと心の中で乾いた笑みを浮かべながら、フィオラは瞳を閉じた。




