夢
――守るから。頼れ。
夜になり一人ベッドに潜り込んでも、ダリアスの声が耳にこびりついて離れない。
「守ってくれるって、信じてたのに……」
その言葉に返ってくる声はない。考え疲れて次第に瞼が重くなってくる。フィオラが目を閉じると、瞼の裏にぼんやりと映像が流れてくる。彼を疑うことなんて知らなかった、過去の記憶が。
***
「ダリアス!」
覚束ない足取りで必死にダリアスのいるであろう騎士棟へと向かう。 フィオラはこの世の終わりとも思える顔で彼のいる部屋の扉をノックもなしに開けた。
「今朝の実践訓練で怪我をしたって聞いたわ!魔物にやられたんでしょう!?大丈夫!?私がすぐに治すから……」
一方的に喋っていたフィオラはその場で固まってしまう。彼の上半身が何も身にまとっていなかったからだ。鍛えられた身体が視界に飛び込んできて、彼女は咄嗟に目を逸らす。
「ご、ごめんなさいノックもせずに……。ダリアスが怪我したって他の人たちが話しているのが聞こえてきて、心配でいてもたってもいられなくてつい……」
顔に熱が集まるのを感じながら早口で言い訳を羅列する。口の中が渇いていくのを感じる。フィオラは顔を伏せて前髪を触りながら、唇を湿らせた。
「ありがとうございます。ですが大した怪我ではありませんので、ご心配には及びません」
「でも……!」
そう言って顔を上げると、彼はすでにゆったりとしたリネンのシャツを羽織っていた。
「でも、心配だから……傷を見せて」
その言葉にダリアスは小さく息を吐き、腕をまくって包帯をほどく。そこには手の甲の下から肘にかけて、しっかりとした裂傷があった。
「た、大したことないなんて嘘じゃない!」
青ざめたフィオラがダリアスの傍まで駆け寄る。泣きそうな表情で彼を見上げると、右手が彼女の頭を優しく撫でる。
「見た目ほど深くありません。すぐに治ります。それに利き手ではないので」
「腕が動かなくなったらどうするの!ダリアスは騎士なんだよ?私は騎士のことよく分からないけど、ダリアスが毎日すごく頑張ってるのは知ってる!これから、どんどんもっと強くて立派な騎士になるもの。それなのにダリアスに何かあったら、私、私……」
涙をぼろぼろと流しながらフィオラは必死に訴える。自分でも支離滅裂なことを言っている自覚はある。けれど、止まらなかった。
ダリアスのことが心配でたまらなかったから。彼にもっと自分を大切にして欲しかったから。
彼の少し大きな手が涙で濡れたフィオラの頬を拭う。訓練で固くなった手。その手つきがとても優しくて、彼女の胸はざわついていた。
「……みっともなくて、ごめんなさい。でも治させて欲しいの」
「……では、お願いします」
差し出されたその腕に治癒魔法を施す。裂傷に手をかざすと暖色の光とともにゆっくりと、しかし確実に傷が癒えていく。
「大丈夫?動かしにくいとか、変な感じとか、ない?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
ダリアスは袖を降ろしながら淡々と礼を告げる。フィオラは少しの目眩を感じつつも満足気に微笑んだ。少しでも彼の役に立てて嬉しかった。
「お嬢様は……驕られたりしないのですね」
「驕る?」
「これだけ日々治癒魔法を多くの人間に施して、聖女と呼ばれ……普通の人間なら持て囃されて驕り高ぶりそうなものですが」
戸棚に向かい引き出しを開けながらそう言う彼に、フィオラは小首を傾げる。そして眉を八の字にして困ったように笑みを浮かべて口を開いた。
「凄いのは治癒魔法そのもので、私自身に価値があるわけじゃないから」
決して自虐しているつもりはなく、当たり前かのようにへにゃりと笑うフィオラ。そんな彼女にダリアスは引き出しから銀貨を数枚渡す。
「治療費です。足りますか」
「い、いらないよそんなの!こっちが勝手にしただけだし……」
受け取りを拒もうとする彼女の手を取り、なかば無理やり銀貨を握らせる。ダリアスが触れたところが燃えるように熱い。
「貴女はご自身を過小評価し過ぎです」
「そう、かな……?気をつけるね」
あまりぴんときていない様子で的を得ないことを言うフィオラにダリアスは僅かに眉根を寄せる。
「……砂糖菓子、召し上がりますか」
「え?」
脈絡のない提案に戸惑っていると、サイドテーブルに置いてある小さな陶器の器を手に取ってフィオラに持って来る。蓋を開けると砂糖菓子がいくつか入っていた。
「これは……?」
「侍女から渡されましたが、私は甘いものは得意ではありませんので。治癒魔法でお疲れでしょうから宜しければどうぞ」
「侍女から……」
ダリアスは感情こそ読めないが、誰も息を呑むほどに見目麗しい。騎士としても有望だし、伯爵家の出自だ。女性から想いを打ち明けられている姿を見たのも二度や三度ではない。
きっと、砂糖菓子を渡した侍女もそうなのだろう。フィオラの胸がちくりと痛む。
十七歳のダリアス。十三歳の自分。いつまでも埋まらない年の差。子供っぽい自分がダリアスに釣り合うとは到底思えない。いや、たとえ幼さがなくとも、歩くのすらままならないこんな不自由な体の自分は……。
「ありがとう。いただくね」
ぎこちなく笑ってフィオラは陶器へと手を伸ばす。口に入れた砂糖菓子はとても甘い。それなのになんだか少し苦い味がした。




