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理解

「わ、分かった……」


カルロの言葉に頷いて彼の手へと手を伸ばそうとするフィオラ。しかし不意に過去の出来事が脳裏に鮮明に甦った。


――庭師見習いの男に襲われた時の記憶が。


体の重さ。逃げようとしても容易く押さえつけられてしまう圧倒的な力の差。ごつごつした体。体を這うミミズのような動きの手。気持ちの悪い舌。興奮した荒い息遣い。


知らず知らずのうちに、彼女の手は小さく震えていた。


彼女の震える手を見てダリアスが眉根を寄せる。その唇が僅かに動く。だがそれよりも早くカルロの声が部屋に響いた。


「お嬢様、少しお話しませんか?」


フィオラが戸惑った様子で顔を上げると、目の前にはにっこりと笑う彼の顔があった。


「どうして……」


「そう言えばお嬢様のこと何も知らないなと思いまして。お嬢様も私のこと何も知らないでしょう?」


「それが何だっていうの?」


「指導には信頼関係が大事ですから!まずは知るところからです」


指先の血をハンカチで拭きながら笑顔でそう言うカルロ。彼は言葉を続ける。


「無理に今すぐ手を握らなくても大丈夫ですよ。少しお話しして、お互いに安心してからにしましょう」


「……っ」


違う。そうじゃない。知っているとか知らないとかじゃない。きっと男性全般が駄目なのだ。


けれどカルロは気づいてくれた。自分の手が震えていたことに。手を握ることに恐怖心を抱いたことに。


「な、何を話すって言うのよ」


「ではまず私から。カルロ・フェルン。平民出身の魔塔所属の治癒術師です。歳は十五になります」


「ほとんど前に聞いた内容と同じじゃない」


ツンとしてそう言うと、カルロは明るく笑った。もうここに来た当初のおどおどとした様子はなくなっている。きちんと仕事の責務を果たす人間の姿に思えた。


「……私は……グレスタ大公の娘。……血縁関係はないけれど。歳は十歳」


「いつもどのように一日を過ごしてらっしゃるんですか?ご趣味とか……」


「趣味なんてないわ。……持つ暇もない。毎日ほとんど治癒魔法しかしてないから」


彼女の言葉を受け、彼の笑みが静かに消え、その瞳に真剣な色が宿る。その双眸に一瞬肩を強ばらせたフィオラは慌てたように早口で言葉を付け足す。


「あ……ち、違うの。ここ最近は制限をかけているから毎日治癒魔法ばかりしているわけではなくて……。その、私が好きでやってるんじゃなくて。家族に言われてやってるだけで……」


治癒魔法ばかりしていることに注意を受けるかもしれない。そんな不出来な子供は教えられないと言われるかもしれない。そう考えた彼女は次第に俯きながら言い訳を羅列した。


すると、ふっと吹き出したような声が聞こえてくる。思わず顔を上げると可笑しそうにカルロがくつくつと笑っている。


「……!」


馬鹿にされた。咄嗟にそう判断した彼女は顔を赤くしてカルロの頬を叩こうと手を上げる。しかしその手が振り下ろされることはなかった。即座に反応したダリアスがフィオラの手首を掴んでいた。


「お嬢様。いい加減にしてください」


「……っ離して!」


表情自体に変化はないが、ダリアスの目は冷たい。きっと自分に呆れているのだ。その事実に小さく胸を痛ませながら彼女は手を振りほどいた。


手首をさすりながらカルロをきっと睨むと、彼は微笑みながら口を開く。


「ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。ですが、馬鹿にしたわけではないんですよ」


「……じゃあ何だって言うのよ」


「私に怒られるかもしれないと恐れて話されている姿が、子供らしくて可愛らしいなと思ってつい笑ってしまって。すみません」


「……やっぱり馬鹿にしてるじゃない」


小さく頬を膨らませて上目遣いでカルロを睨むフィオラ。カルロは頭を掻いて、謝罪しながら困ったように笑っている。そんな二人をダリアスは静かに見つめていた。


「ですが、毎日のように治癒魔法ばかりしていたというのは……。治癒術師としては聞き流せないですね」


真剣な面持ちで顎に手を当てながらカルロが言う。その引き締まった表情に、フィオラは無意識にドレスを膝の上でぎゅっと握った。


「しかも、魔力制御もしていなかったのですよね?」


「そうだけど……」


「お嬢様……今まで一人で耐えてこられたのですか?」


何が、とは言わない。けれど言わずとも伝わる。彼も同じ治癒魔法を使う人間なのだから。だからこそ、その一言には重みがあった。


魔力制御も知らず治癒魔法を使い続けたら身体がどうなるのか。その恐ろしさを彼が知らないはずがない。だからこそ、その問いは責めるものではなかった。ただ彼女を案じるものだった。


初めてだった。自分の状態を本当の意味で理解して労う言葉をもらえたのは。


死んで人生をやり直して、ようやく。


どうして過去には誰もそんな言葉をかけてくれなかったのだろう。どうして自分にはそれだけの価値がないのだろう。


温かさと虚しさが胸の奥でごちゃ混ぜになり、フィオラの視界は滲んでしまいそうだった。

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