初めての
フィオラへの魔力制御の指導許可は意外にもすんなり通った。むしろ大公は娘が魔力制御すらしていなかったことに驚いていた。しかしそれは決して彼女の身体を案じたからではない。二年以上もフィオラが効率の悪い治癒魔法を行使していたことに対する、単なる計算違いへの反応だった。
「魔力制御を覚えたら治療の効率が上がるだろう。聖女としてもっとしっかり役割を果たすように」
大公からの言葉はそれだけだった。口元には笑みを浮かべているが、その目に情はひとかけらすらない。
(私自身に無関心なこと、こんなに分かりやすかったのにね)
***
カルロが指導に来るまでの数日の間、必要最低限の治癒魔法こそ使うもののフィオラはそれ以外ではほとんど人と話さなかった。
誰にいつ攻撃されるかも分からない。神経を張り巡らせて疲れきった彼女には、人と話す余力など残ってはいなかった。
ダリアスとも毎日ひと言ふた言言葉を交わすのみだった。元々口数の少ない彼の言葉はさらに減っていく。代わりに何かを考え込むような探るような視線を向けることが増えていき、それが彼女の心をざわつかせていた。
過去の自分なら視線を向けられるたびにむず痒い気持ちと喜びを感じていただろう。けれど誰からも愛されていないことを明確に知った今となっては、その視線はいつ命を狙われるかもしれないという恐怖でしかない。
「じっと見てないで何か話したいことがあるなら言ってよ」
「いえ、何も」
「それならじろじろ見ないで!」
目を吊り上げてそう言うと、彼は少しの間彼女を見つめた後で目を逸らす。その時、扉を叩く音が聞こえてきた。
「失礼いたします!」
上擦った声。カルロだ。フィオラは思わず立ち上がり、いかにも待ちわびていたような自分が恥ずかしく、また座り直す。ちらりとダリアスに視線をやると彼はしっかり彼女を見ていた。顔に熱が集まるのを感じる。
「お、遅いわ!早く教えて!」
「は、はい!」
カルロは慌てて部屋に入り、持っていた革鞄を足元に置いて椅子に座る。そして教本を取り出そうとしてその手を止め、また取り出そうとしては手を止める。まるで何かを躊躇っているかのように。
「何してるの?さっさとして」
「あ、はい」
そう返事はしたもののカルロは視線を泳がせるばかりでじれったく、フィオラは眉をひそめた。しばらくして意を決したように彼は口を開いた。
「お教えする前に確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「……何?」
「お嬢様は治癒魔法による体調の変化を感じておられるのですか?」
その言葉にフィオラの肩が小さくピクリと跳ねる。平静な顔を装いながらティーカップを手に取った。
「……その話ならカルロと二人で話したいの。ダリアスは部屋から出て行って」
「できかねます。身の安全のために待機させていただきます」
「……っ!」
指示に従い部屋から出ていく侍女を尻目に、ダリアスは一向に動こうとしない。ちっとも言うことを聞いてくれない。
侍女に手鏡を投げつけたりカルロにお茶をかけようとしたりと、自分には前科がある。また何をしでかすか分からないという懸念から、自分の傍を離れられないのだろう。
(まぁそもそも私なんて、ダリアスにとって言うことを聞く価値すらない存在なんだろうけど……)
フィオラは諦めて小さくため息を吐きカルロに視線を向けた。
「どうしてそう思うの?」
「お嬢様は先日、治癒魔法を酷使し過ぎた場合の身体の不具合について私にご質問されましたよね。そんなことを聞かれたのは、ご自身がそれに該当するからかなと思いまして……」
ぐっと奥歯を噛む。色々な感情が彼女の胸の中で渦巻く。
ダリアスの前で本音を話せないもどかしさ。たとえ彼がいなくても、出会ったばかりのカルロに真実を話していいのかという猜疑心。初対面で見抜かれてしまった驚き。出会って間もない人間ですら気づくことに、この家の誰一人として気づかなかった悲しみ。気づいていたとしても自分などどうでもよかったのだろうという自嘲。
「それは、言わなくてはいけないの?」
「あ、いえ……。ただ、もし今何かしらの症状があっても魔力制御は決してそれを治す魔法ではありません。その点はご理解いただきたいのですがよろしいでしょうか?」
今ある症状は治癒魔法を酷使した時に起こる頭痛と吐き気、そしてたまの吐血くらいだ。これが治らなくとも、このまま放置すれば出てくるであろう多くの症状を防げればそれでいい。
そう考えながら静かに頷くと、カルロは安堵の表情を見せた。これでいざ教えた後で、こんなはずじゃなかったと怒りをぶつけられずにすむと考えたのだろう。
「ではまず現状把握のため……」
言いながら彼は革鞄をごそごそと漁る。取り出したのは細い銀針だ。カルロは針を自身の指にぷつりと刺す。指から血がぷっくりと出てきている。
「どのように魔力を使っているかの流れを見たいので、私の手を握った状態でこの傷を治してみてください。流れる魔力を直接感じたいので」




