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第89話 精錬最大手が、俺たちの条件を呑んだ

天城マテリアルの申請書には、役員会の承認記録が添えられていた。


 採掘区画までの原料追跡。


 工程記録の第三者保管。


 異常時に、営業判断から独立して設備を止める権限。


 必要な範囲の外部監査。


 天城は、そのすべてを受け入れると記している。


 俺は、久我総一郎へ通信をつないだ。


『申請書は、ご確認いただけましたか』


「ええ。ですが、事故調査はまだ終わっていないはずです」


『終わっていません』


 久我は明言した。


『現段階の調査では、複数産地由来の原料を平均値で管理していたことが、異常の一因である可能性が示されています。ただし、設備状態や運転条件を含め、最終的な原因は確定していません』


「では、なぜ今、参加を」


『原因が何であれ、従来の管理粒度では事故ロットの内部差を十分に説明できない。それだけは明らかになったからです』


 天城は大企業として、純度、粒度、平均反応値を管理していた。


 だが、どの採掘区画の原料が、どの処理単位へ入り、局所的にどんな挙動を示したか。


 その粒度で追えなければ、事故原因の切り分けも、再発防止も遅れる。


『未検証在庫を拒否された時、私はあなたが理想を守っているだけだと思っていました』


 久我は苦く笑った。


『しかし、三社を工程でつなぎ、最低限とはいえ電力向けの粉末を作った。必要だったのは、一社の処理能力ではなく、別会社同士が受け渡せる共通の検査基準だった』


「参加の可否を、俺一人では決められません」


『承知しています』


「天城だから早く通すことも、天城だから拒むこともしない。供給委員会と技術監査が、他社と同じ条件で確認します」


『それで結構です』


 天城が提供を申し出たのは、停止中の関西主力プラントではない。


 関東と九州にある中規模ラインだった。


 設備図面、過去の校正記録、原料台帳、運転員の権限規程。


 まずは監査に必要な資料を、独立監査人へ限定して開示する。


 営業秘密まで無制限に社会へ晒すわけではない。


 だが、不適合の原因を追い、設備を止めるために必要な情報は隠さない。


「相馬さん。緊急の予備監査は可能ですか」


「書類確認と現地サンプリングを並行しても、数日は必要です」


 相馬は即答した。


「センサーをつないだから、数時間で適合粉末が出る、とはいきません。設備ごとに空運転を確認し、試験ロットを作り、ロット内のばらつきを見ます」


「その手順で進めてください」


 天城の申請は、大きな前進だ。


 だが、申請書一枚で供給能力が増えたわけではない。


 関東、九州ラインは、監査と試験を通るまで既存の別用途製品を管理下で作り続ける。


 KUJO-G用精錬網へ入るのは、条件を満たしたラインと処理単位だけだ。


 供給委員会は、天城の申請をその日のうちに審議した。


 結論は、『条件付きで予備監査へ進める』。


 正式参加でも、適合認定でもない。


 天城は、監査人の現地立入りと、試験に必要な原料台帳の閲覧を認める。


 合同精錬側は、公開済みの判定手順と、校正に必要な基準試料を提供する。


 双方の責任範囲を定めた上で、最初の試験ロットを作る。


 最大手が条件を呑んでも、供給が増えるのは数日先だ。


 だからこそ、A・B・C社の緊急ラインと、電力側の節約運用を止めることはできない。


『九条社長』


 通信を切る前に、久我が言った。


『天城が、あなたの傘下へ入るわけではありません』


「当然です」


『我々は独立企業のまま、共通条件へ参加する。価格も技術も、正当に競争する』


「そのためのルールです」


 最大手が敗者として降伏したのではない。


 市場へ残るために、自社だけの物差しを捨て、他社と検証可能な共通条件を受け入れた。


 それは、資本の大きさとは別の場所で、市場の基準が変わった瞬間だった。


 通信を切ると、相馬が小さく息を吐いた。


「堂島の不正を追った時は、天城と同じ記録を共有する日が来るとは思いませんでした」


「信用したから監査するのではありません」


 俺は申請書を閉じた。


「信用できるかどうかを、会社名ではなく記録で確認するためです」


 過去に対立した相手だから排除する。


 大手だから無条件に受け入れる。


 どちらも、同じ意味で市場を私物化する判断だった。


     *


 協会前線施設のモニター室では、救助班からの通信が断続的に届いていた。


 地下深くでは通信が途切れる。


 装備の外付け記録器から送られる負荷データも、欠損を含む参考値にすぎない。


「第七区画、陥没地点へ接近」


 オペレーターが読み上げる。


 画面上の波形が、急激に跳ねた。


 大型変異種との接触。


 陽菜の装備へ、高い魔力負荷が繰り返しかかっている。


「警告判定帯に近づいています」


 相馬が息を詰めた。


 ノイズで一度、通信が消えた。


 数秒後、陽菜の声が戻る。


『赤線を確認。全員、攻撃任務を中止』


 続けて、短い指示が飛ぶ。


『救助対象を確保。予備装備へ交換し、防衛と撤退に移る。大型個体の撃破は狙わない』


 赤線が出たから、絶対に助かるわけではない。


 その後の状況で、装備が破損する可能性も残る。


 だが陽菜は、決めた通りに攻撃を止めた。


 倒すことより、連れて帰ることを選んだ。


 通信は再び途切れた。


 俺たちにできるのは、帰還報告を待つことだけだった。

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