第90話 全員が掘るなら、俺は流れを止めない
「第七区画、特別救助班より入電」
通信オペレーターの声が、前線施設のモニター室へ響いた。
「孤立していた探索者二十名を確保。救助班を含め、地上へ帰還します」
室内の全員が息を止める。
「重傷者複数。死亡者は、ゼロです」
歓声が上がった。
俺も、握りしめていた手をようやく開いた。
陽菜が赤線を確認し、攻撃を打ち切ったこと。
救助班が予備装備へ交換し、防衛と撤退へ切り替えたこと。
地上側が経路を維持し、医療班が待機していたこと。
いくつもの判断がつながった結果だ。
一本の剣だけが、二十人を救ったわけではない。
だが、装備が限界を知らせ、撤退判断の材料になったことは事実だった。
「回収品は、協会の手順に従って封印してください」
俺は相馬へ告げた。
「警告発生品、予備装備、使用されなかった部材も含め、製造ロットと照合します」
「ええ。現物を見て、次の点検期限と高負荷仕様へ反映します」
救助の成功を、絶対安全の宣伝へ使わない。
何が機能し、何が危うかったのかを次へ残す。
それが、供給側の仕事だった。
*
数週間後。
合同精錬の第一プラントは、駆動モーターの交換と再調整を終えた。
いきなり通常能力へ戻さず、空運転、少量試験、外部検査を段階的に通してから生産を再開した。
A・B・C社の分散工程も、緊急時だけの裏技では終わらなかった。
容器仕様、輸送条件、工程間の受入検査を改訂し、三社それぞれが試験ロットを積み重ねる。
外部監査を経て、限定された原料区画と処理条件について、事業継続用の代替ラインとして認定された。
天城マテリアルの関東・九州ラインも同じだった。
書面提出だけで参加を認めず、現地監査、設備校正、試験ロット、異常停止訓練を一段ずつ確認した。
先に条件を満たした関東の一部ラインから稼働し、九州ラインは遅れて合流した。
国内最大手だからといって、検査を省くことはなかった。
「天城の適合粉末、第三ロットが西原鋼業へ到着しました」
相馬が制御室の画面を確認する。
「受入検査は許容範囲内です。ただし、完成品側の適合は別です」
『分かっとる。粉が通ったから剣まで合格、なんて雑な仕事はせん』
西原の声と、ハンマーの音が通信越しに響く。
複数の独立企業が、同じ会社へ吸収されたわけではない。
価格も技術も競争する。
それでも、原料の出所、工程記録、停止条件という共通の言葉で、次の会社へ責任を渡せるようになった。
*
KUJO-G0は、一般販売へ移っていない。
最初の限定実証で得た記録を反映し、対象人数を増やした次段階のレンタル試験への申込受付を始めたところだ。
返却周期、代替品の確保、初心者向け通知。
直すべき点は、まだ山ほどある。
以前から話をしていた中堅保険会社とは、適合証明と点検履歴がリスク評価資料になり得るか、限定的な共同検証契約を結んだ。
保険商品も、保険料の割引も決まっていない。
ただ、装備状態を記録して返す仕組みに、別の産業が正式な費用を払って検証を始めた。
「契約済みの高負荷装備と試験費用、第一プラントの適合粉末出荷分。入金を確認しました」
芽衣が資金繰り表を開いた。
陽菜との契約に基づく納品と点検。
六工場への適合粉末。
外部から受託した試験。
実際に完了した仕事の代金が、少しずつ積み上がっている。
俺は、その一部を、初回ロットの支払いをつないだ短期融資の返済へ回した。
「返済、完了です」
個人保証付きの短期融資という、最も近い期限の首輪が一つ外れた。
消費者金融の残債は、まだある。
十五億円の法人融資も、これから設備と事業収益で返さなければならない。
黒字化も、全国供給も達成していない。
それでも、明日の支払いに追われて品質を曲げる危機からは、一歩だけ離れられた。
*
プレハブ制御室を訪れた陽菜は、回収した大剣の解析結果を読んでいた。
「警告後、防衛へ切り替えた際にも、負荷は続いていたんですね」
「ええ。赤線が出れば、その瞬間から安全になるわけではありません」
俺は、破断には至らなかった刀身の写真を示した。
「今回は交換と戦術変更が間に合った。ですが、警告発生から使用中止までの時間には、まだ検証が必要です」
「次も、赤線が出たら止めます。そして、戻ったら全部報告します」
「お願いします」
彼女は利用者として戦い、俺たちは供給者として検証する。
どちらかが相手へ従属する関係ではない。
互いの仕事を果たし、その境界で命をつなぐ契約だった。
壁のモニターには、第一プラント、A・B・C社、天城の認定ライン、六つの加工工場が表示されている。
すべてを俺が所有しているわけではない。
どこかが止まれば、別の場所へ工程を渡す。
異常が出れば、前後の会社が拒否する。
新しい事業者が同じ条件を満たせば、監査を経て輪へ入れる。
画面の隅では、国内需要を上回る供給希望と、海外からの照会が増え続けていた。
一つ詰まりを解けば、次の詰まりが現れる。
市場が広がる限り、それは終わらない。
「全員が魔石を掘るなら」
俺は、無数の工程を結ぶ線を見つめた。
「俺は、その流れが途中で止まらない仕組みを作る」
胴元とは、すべてを所有し、価格も順番も一人で決める者ではない。
誰かが止まっても、次へ責任を渡せる市場を作る者だ。
俺たちが開いたのは、まだ最初の入口にすぎない。




