第86話 救助まで十二時間、未検証粉末は使わない
『当社の在庫を使えば、電力向けの期限には間に合います』
久我の提案は、合理的だった。
天城の倉庫には、事故前に精錬を終えた粉末がある。
純度と粒度は、従来の出荷基準を満たしている。
だが、採掘区画と処理単位の紐づけ、魔力反応スペクトル、ロット内のばらつきは、合同精錬の条件で確認されていない。
「その在庫を、KUJO-G用の適合粉末として扱うことはできません」
『事故原因は、まだ確定していません』
「ええ。だから、危険だとも安全だとも断定できない」
俺は答えた。
「確認できていないものへ、こちらの名義だけ付けて流すことはしません」
『都市の設備が止まる可能性より、規格の手続きを優先すると?』
「手続きではありません。品質を区別するための境界です」
同じ純度、同じ粒度でも、実際の反応は違う。
その事実を無視して出荷すれば、俺たちが否定してきた平均値だけの安全へ逆戻りする。
「天城の在庫は封印し、採掘元と工程記録を確保してください。試料提供を受けられるなら、独立した緊急評価には回します」
『期限には間に合いませんよ』
「だから、別の工程を動かします」
俺は通話を終えた。
*
合同精錬の制御室。
相馬が、ホワイトボードに第一プラントの工程を分解して書き出した。
粗砕・粉砕。
分級。
魔力安定化。
最終検査。
一つの建物で連続していたから、粉砕機のモーターが止まっただけで、全工程が動けなくなった。
「設備を分けます」
俺は、事業継続計画へ登録していた三社の資料を開いた。
A社には、稼働可能な粉砕機。
B社には、粒度を揃える分級設備。
C社には、小型の安定化炉がある。
いずれも設備探索の段階で、保有機器、図面、過去の品質記録、運搬経路を調査した事業者だ。
まだKUJO-G用原料の製造先として認定されたわけではない。
しかし、何も知らない工場を今から探す状況ではなかった。
「三社で工程を分担します」
相馬が厳しい顔で首を振った。
「中間粉末を運ぶたび、温度、湿度、振動、外気接触という変数が増えます。第一プラントの試験結果を、そのまま適用できません」
「各社の入口と出口で受入検査をする」
煤だらけの真壁が、モーター交換の現場から戻ってきた。
「運搬後の粉を、前工程と同じ物だと思い込むから危ないんじゃ。容器を封印し、到着した側が自分の責任で試料を採り、外れたら受け取らん」
「それでも、安定化条件は再設定が必要です」
「再設定してください」
俺は相馬を見た。
「三社の設備を使えば必ず成功する、とは考えません。緊急用の試験ロットとして動かし、途中で一つでも基準を外れれば止めます」
未検証の粉末を、検証済みと偽って使うのではない。
限られた時間の中で、検証そのものを工程へ組み込む。
「供給委員会へ、代替生産計画を緊急提出します」
電力向けの配分決定は変えない。
ただし、その原料を作る方法を変更する以上、品質責任者と外部監査人の確認が必要だ。
緊急審査に参加した外部監査人から、追加条件が返ってきた。
各工程の責任者を明記すること。
測定器の校正履歴を再確認すること。
輸送容器ごとに保存試料を残すこと。
完成した粉末は通常ロットと混ぜず、緊急試験ロットとして独立管理すること。
そして、期限を理由に不適合を受け入れないこと。
「すべて条件へ入れます」
委員会は計画を承認したが、成功を保証したわけではない。
一度でも受入検査を外れれば、電力会社へ遅延を通知し、備蓄延長策へ切り替えてもらう。
相馬は数秒間、三社の設備表を見つめた後、ノートパソコンを開いた。
「分かりました。輸送前後の許容範囲を仮設定します。ただし、遠隔の数値だけで合格にはしません。各社へ検査担当を派遣し、採取試料も外部検査員が封印してください」
「お願いします」
*
芽衣は、既存の監視基盤へ三社の端末を接続する作業を始めた。
「数十分で全部つなぐ、なんて無理だよ」
彼女は最初にはっきりと言った。
「でも、前にBCP候補として通信試験までしてる。閲覧権限を最小限にして、測定器からの署名付きデータだけ受けるなら、数時間で緊急運用に入れる」
「それで十分です」
完全な統合システムを、一夜で作る必要はない。
誰が、いつ、どの容器から試料を取り、どの測定器で判定したのか。
工程間の受け渡しを追跡できればいい。
運搬には、温湿度計と衝撃記録器を付けた密閉容器を使う。
封印番号は、送り側と受け側がそれぞれ確認する。
基準を外れた容器は、次工程へ進めず隔離する。
A社、B社、C社の経営者とは、緊急のスポット委託契約を結んだ。
無償の協力ではない。
深夜割増、検査工数、設備洗浄、失敗時の停止費用まで支払条件へ入れる。
「命がかかってるから安くやれ、とは言いません」
俺の言葉に、A社の社長は短く笑った。
『真壁の親父から、あんたはそういう奴だと聞いとる。条件は呑む。基準を外れたら、納期前でも止めるぞ』
「それを守ってください」
原石を積んだ最初のトラックが、合同精錬の敷地を出た。
その後を、検査員と予備容器を乗せた車両が追う。
配送先、封印番号、予定到着時刻は事務局へ登録された。
途中で経路を変える場合も、運転手だけの判断にはしない。
物流そのものを、一つの検査工程として扱うためだ。
救助班の出撃限界まで、残り十二時間。
電力側の予備が尽き始めるまで、四十八時間余り。
新品の巨大設備はない。
だが、離れた三つの工場と、同じ物差しがある。
俺たちは、一本だった精錬工程を、初めて複数の場所へ分けて動かし始めた。




