第85話 命の配分を、一人で決めるのはやめた
三十分後。
供給委員会の緊急審査が、オンラインで始まった。
採決に参加するのは、協会の安全監査員、災害医療と危機管理の外部専門家、合同精錬の品質責任者、製造側代表、地域代表。
電力会社とダンジョン協会は、要請内容を説明する立場で出席するが、採決権を持たない。
俺は市場窓口として質問に答える。
ただし、陽菜との契約上の利害を申告し、採決から外れた。
「まず、救助要請です」
協会担当者が説明する。
「第七区画で二十名が孤立。負傷者の存在を確認しています。地形変動により、三十六時間後から救助経路の維持が困難になります」
既存装備での突入も不可能ではない。
だが、高濃度の魔力溜まりでは、破損までの予測が立たず、救助班そのものが撤退不能になる危険が高い。
「次に、電力要請」
電力会社は、備蓄を再精査した結果を提出した。
「最も切迫した二施設は、六十時間後に更新材を失います。ただし、他地域からの融通と出力抑制で、最大十二時間ほど延長できる見込みです」
更新が遅れれば、即座に大停電になるわけではない。
段階的に負荷を落とし、重要度の低い設備から停止させる手順もある。
それでも、猶予は三日もない。
「第二回適合ロットを救助用へ回した場合、次の粉末はいつ出ますか」
外部専門家の問いに、真壁が答えた。
『第一プラントが問題なく動けば、インフラ用の最低量を三十時間ほどで出す。ただし、検査で止まる可能性はある』
「確定ではない、と」
『安全に関わる仕事で、未来を確定とは言わん』
委員たちは、救助までの残り時間、電力の備蓄、代替手段、必要量を比較した。
製造側代表は、十二人分すべてを作った場合の残量を確認した。
危機管理の専門家は、電力会社が示した広域融通が実行可能か、系統運用の担当者へ直接問い直した。
地域代表は、負荷制限の対象が一部地域へ偏らないかを確認する。
誰も、簡単には採決へ進まなかった。
「救助を優先した後、第一プラントが予定通り動かなければ、電力側の余裕は失われます」
一人の委員が反対意見を残した。
「そのリスクを認識した上で、次回ロットの監視と代替工程の調査を同時に始めるべきです」
全会一致ではない。
反対意見も議事要旨へ残した上で、多数決によって結論を出す。
そして、決定を下した。
「第二回適合ロットは、特別救助班の必要最小限の装備製造へ配分します」
協会監査員が読み上げる。
「理由は、救助の期限が先に到来し、代替装備では救助側を含む被害拡大の可能性が高いこと。一方、電力側には短時間ながら地域間融通と出力抑制の手段が残っていることです」
さらに条件が付いた。
「製造量は、協会が再計算した十二人分を上限とする。残量が出た場合は品質確認後、電力向けへ留保。第一プラントの次回適合分は、最も切迫した重要施設へ優先する」
誰かの命が軽いと判断したのではない。
期限と代替手段が違った。
その差を、記録として残す決定だった。
「異議ありません」
俺は採決者ではない。
だが、決定を実行する責任はある。
個人情報と任務機密を除いた議事要旨、判断基準、利益相反の申告は、外部監査人の確認後に公開された。
公開されたからといって、批判が消えるわけではない。
それでも、俺の感情だけで陽菜を優先したのではないことは、後から検証できる。
公開直後から、電力を軽視するなという批判も、救助を最優先にして当然だという支持も届いた。
制度は、全員を納得させる魔法ではない。
誰が、何を根拠に、どの反対意見を退けたのか。
後から問い直せるようにするためのものだった。
*
「西原社長。委員会の決定です」
『聞いとった。十二人分、始めるぞ』
第二回適合ロットは、封印されたまま六工場へ分配された。
西原鋼業が大剣と片手剣。
大田プレス工業が追加装甲。
他の工場が柄、衝撃吸収部材、交換部品を並行加工する。
作業員は交代班を組み、各工程の検査担当者を製造担当から分けた。
協会からは、完成品検査を前線施設でも行えるよう、校正済み機器と検査員を待機させるとの連絡が入った。
物流会社は、通常便を外し、温度管理できる専用車両を確保する。
製造だけを急いでも、届ける工程が止まれば間に合わない。
急ぐ。
だが、冷却時間も、魔力定着も、受入検査も削らない。
一本でも不適合なら、その装備は出さない。
「救助班の出撃限界まで、残り三十時間です」
相馬が工程表を更新した。
「製造は間に合います。第一プラントが次のロットを予定通り始められれば、電力側の期限にも滑り込める」
その直後だった。
真壁から緊急通信が入った。
『第一プラントを止めた』
「何が起きました」
『粉砕機の駆動モーターに異音と温度上昇。予防停止じゃ。分解したら軸受けが焼けかけとる』
安全装置の故障ではない。
中古設備を限界近くで回した負担が、最も単純な機械部品へ出た。
「復旧時間は」
『予備部品はある。交換と芯出しで、半日はかかる』
救助用の粉末は、すでに六工場へ渡っている。
だが、電力用の次回ロットは遅れる。
委員会が根拠にした六十時間の猶予が、急速に削られ始めた。
俺の端末に、天城マテリアルの久我から着信が入った。
『九条社長。第一プラントが停止したと聞きました』
「ええ。安全停止しています」
『当社には、事故前に製造した混合原石由来の粉末在庫があります。規定の純度と粒度は満たしている。ただし、あなた方の追跡条件と反応試験では未確認です』
久我の声は、押しつけがましくはない。
だが、期限を知る実務家の冷たさがあった。
『買い取って、電力向けへ回しませんか。使わないなら、代替供給の見通しを示していただきたい』
未検証の粉末を使えば、期限には間に合う。
拒めば、別の供給経路を十二時間以内に作らなければならない。
制度が配分を決めても、物理的な不足までは消してくれなかった。




