第84話 電力か、S級の命綱か
協会から届いた要請書には、三十六時間という期限が記されていた。
それを過ぎれば二次崩落の危険が増し、孤立した二十名の生存可能性も急速に下がる。
一方、電力会社が提出した資料には、重要施設ごとの備蓄量が並んでいた。
天城からの納入が止まれば、最も早い防護結界用コアは六十時間後に交換材を失う。
予備在庫を融通すれば、さらに十数時間延ばせる可能性はある。
だが、全施設を同時に救える量ではない。
「第二回適合ロットを、救助班の装備へ使えば、十二人分を作れます」
相馬が試算を出した。
「残量はほとんどありません。電力向けの必要量には届かない」
「逆に電力用へ回せば?」
「最も切迫した施設の更新材を、最低限だけ賄えます。ただし、救助班用の高負荷装備は作れません」
どちらへ回しても、もう一方は空になる。
俺の端末へ、西原から通信が入った。
『要請書は見た。粉が来れば、六工場で工程を分ける。じゃが、冷却も魔力定着も削れん。今から始めても、検査と輸送を含めてぎりぎりじゃ』
「作業員を無理な連続勤務には入れないでください」
『分かっとる。交代班を組む。その分、一回のやり直しもできん』
俺は反射的に、第二回ロットを救助へ回す指示を出しかけた。
公的な救助任務。
陽菜たちへ一本供給すれば、孤立者を含む複数人の生還可能性へ影響する。
これまでの暫定基準なら、優先度は高い。
だが、電力側にも病院、防護結界、通信施設がある。
単純に「救助は人命、電力は事業」と分けることはできない。
「九条社長」
電力会社の担当者が、静かに問うた。
「どちらへ回しますか」
会議室の視線が俺へ集まった。
以前の俺なら、表計算へ救命効果の数字を並べ、一人で答えを出そうとしただろう。
だが、その判断を一人から切り離すために、供給委員会を作った。
「今ここでは決めません」
「時間がないんです」
「だから、緊急審査を使います」
俺は、供給委員会の事務局へ招集を要請した。
「救助要請と電力要請を、同じ形式で提出してください。必要量、残り時間、代替在庫、延期した場合の影響、供給後に救える範囲。確認できる数字で比較します」
魔導具メーカーの代表が、眉をひそめた。
「委員会へ逃げるのですか」
「俺が一人で決める方が、早く見えるでしょう」
俺は運用規程を開いた。
「ですが、一度でも圧力や私情で基準を曲げれば、次からは金や知名度のある者が列の前を買える。俺の役目は、誰かの命を私物のように選ぶことではありません」
星野が、双方の資料を確認した。
「行政が、探索者と電力利用者のどちらの命が重いかを決めることはできません」
彼女は冷静に続けた。
「ただし、各社が保有する在庫と代替手段は、正確に出してください。過大な危機を申告して配分を得ようとすれば、制度そのものが壊れます」
電力会社は、広域融通できる在庫を再確認する。
協会は、別装備で出撃した場合の活動可能時間と、救助対象者の状態を更新する。
相馬は、第二回ロットから作れる形状と数量を確定させる。
俺は、自分と陽菜の契約上の利害を申告した。
高負荷仕様の三年契約がある以上、俺は完全な第三者ではない。
「この案件では、俺は採決に加わりません」
外部監査人が、その記録を受理した。
陽菜との契約を守りたい気持ちも、社会インフラを止めたくない責任もある。
どちらも消せないなら、隠さず、判断から外れる。
その最中、協会の装備担当者を通じ、陽菜から短い回答が届いた。
『私との契約だけを理由に、救助班を優先しないでください』
当然の要求だった。
『同時に、世間の批判を避けるため、救助に必要な装備を後回しにすることも望みません。確認された条件で判断してください』
陽菜は、自分の分を譲るとも、契約を盾に寄越せとも言わなかった。
救助任務の期限と影響を、他の要請と同じ基準へ乗せろと言っている。
「了解しました」
俺も、それ以上の返答はしなかった。
「緊急委員は三十分後に揃います」
事務局から連絡が入った。
俺は西原へ告げた。
「炉の予熱と、各社の人員配置だけ先に進めてください。粉末の投入先は、委員会の決定まで確定させない」
『了解じゃ。待てるのは、そこまでじゃぞ』
残り三十五時間二十分。
俺たちは、完成したばかりの制度を、初めて本物の命の重さへかけようとしていた。
*
緊急審査用の画面へ、二つの残り時間が表示された。
『救助経路の維持限界 35:20』
『重要施設・最短備蓄限界 60:00』
数字が小さい方を機械的に選べばいいわけではない。
救助班が装備を受け取ってから、地下へ到達する時間がある。
電力側も、更新材が尽きた瞬間に都市全体が停止するわけではなく、出力制限と地域融通で猶予を作れる。
反対に、その見積もりが外れれば、影響する人数は電力側の方が遥かに多い。
委員会へ渡されたのは、綺麗な正解ではなかった。
不確実な二つの危機を、同じ物差しで比べるための記録だけだった。




