第83話 国内最大の精錬炉、緊急停止
翌朝。
経済産業省の会議室には、精錬、電力、輸送、魔導具、ダンジョン協会の担当者が緊急招集されていた。
天城マテリアルからは、役員の久我総一郎。
合同精錬からは、俺と相馬が出席している。
「現時点で確認できた状況を共有します」
新資源政策室の室長補佐、星野環が、天城関西プラントの系統図を映した。
「安定化工程で異常値を検知し、自動遮断と安全停止が作動しました。人的被害は確認されていません。反応槽の耐魔コーティングと周辺配管に損傷があり、原因調査と安全確認を進めています」
「復旧はいつです」
電力会社の担当者が問う。
「軽微な補修で済んでも数週間。反応槽の再施工が必要なら、三か月以上を要する可能性があります。ただし、現段階の見通しです」
会議室がざわめいた。
天城の主力プラントが担う処理量は、国内全体の約三割。
停止が三か月続くと決まったわけではない。
だが、明日からの供給が減ることだけは確定している。
「関東と九州のラインへ、生産を振り替えられませんか」
魔導具メーカーの代表が問う。
「一部は可能です」
久我が答えた。
「ただし、各ラインには既存の契約と設備条件がある。関西で扱っていた処理単位を、そのまま移せるわけではありません。洗浄、原料切替、試験を飛ばして増産すれば、二つ目の停止を招きます」
天城ほどの大企業でも、空いている炉へ原石を放り込めば同じ粉が出るわけではない。
非常時だからこそ、設備ごとの確認が必要だった。
「久我さん。投入原料と今回の異常に、因果関係はありますか」
星野の問いに、久我は慎重に答えた。
「調査中です。複数産地の原石を含む処理単位で異常が発生したことは事実ですが、原料特性、設備状態、運転条件のどれが主因かは確定していません」
「原因の断定は、調査結果を待ちます」
星野はそこで線を引いた。
「本日の議題は、原因追及ではなく、直近の供給継続です」
電力会社は、重要施設用の予備在庫と消費期限を提出した。
魔導具メーカーは、医療、輸送、防護結界向けの確定発注を一覧にした。
どの要求にも、その先で暮らす人間がいる。
星野は、各社へ同じ様式の提出を求めた。
現在庫。
一日当たりの使用量。
代替材の有無。
供給が一日遅れた場合に、実際にどの機能が止まるのか。
「『社会に必要』という言葉だけでは、優先順位を比較できません」
彼女は感情を挟まず告げた。
「過大な必要量を申告すれば、別の用途が止まります。確認可能な数字を提出してください」
「合同精錬の第一プラントは、稼働を開始したと聞いています」
電力会社の担当者が、俺を見た。
「天城の停止分を、どれだけ代替できますか」
「最大稼働でも、失われた処理量の数パーセントです」
期待が消える音が、聞こえた気がした。
「数パーセント……」
「中古設備を改造した単一ラインです。安全確認を省いて増産することもできません」
大手魔導具メーカーの代表が、険しい顔で身を乗り出した。
「その数パーセントだけでも、こちらへ優先供給できませんか。医療設備の納期が迫っています。価格条件は合わせます」
「防護結界用の更新材も、残り日数が限られています」
電力会社も、在庫表を差し出した。
彼らは怒鳴り合っているわけではない。
自分たちの期限と代替不能性を、供給者へ訴えている。
「要請は、供給委員会へ提出してください」
俺は答えた。
「合同精錬の粉末は、俺の一存でも、提示価格だけでも配分しません。切迫期限、代替手段、人命への影響を同じ資料で比較し、利益相反を除いた委員が判断します」
「緊急時にも、委員会を通すのですか」
「緊急審査の手順があります」
俺は運用規程を示した。
「ただし、第一プラントだけでは、どんな順番にしても市場全体を救えません」
相馬が、事業継続計画の候補一覧を映した。
「我々は、追跡、工程記録、受入検査、停止権、外部監査の条件を公開しています。条件を満たす他の精錬事業者と、工程単位で連携する準備も始めています」
「つまり、自社の技術を外へ出すと?」
「公開できる試験手順と参加条件は出します。ただし、申請しただけで適合になるわけではありません。設備と工程を確認し、試験ロットを通す必要があります」
今すぐ三割の穴を埋める魔法ではない。
それでも、一社が止まれば国中が詰まる構造を変えなければ、同じ危機は繰り返される。
「参加条件を公開しても、各社固有の製法まで無料で差し出すわけではありません」
俺は補足した。
「共有するのは、工程間で相手を信用するために必要な記録と検査条件です。参加者は独立企業のまま、技術と価格で競争できる」
囲い込みを解くことと、企業の知的財産を奪うことは違う。
その境界がなければ、協力を求めても誰も手を挙げない。
久我は、腕を組んだまま俺を見ていた。
「分散させれば、管理点が増える。記録の欠落や、工場間の品質差も増えます」
「だから、工程の入口と出口で受入検査を行います」
相馬が答えた。
「一つの巨大設備へ任せるのではなく、前後の工程が互いを検証する構造です。容易ではありませんが、技術的には可能です」
その時、会議室の扉が開いた。
協会から派遣されていた職員が、青ざめた顔で星野へ端末を差し出す。
「第七区画深層で、大規模な地盤陥没が発生しました」
室内の空気が変わった。
「複数の高ランクパーティーが孤立。推定二十名。二次崩落と魔力溜まりの拡大が確認されています」
協会の安全担当者が立ち上がった。
「桐生陽菜氏を含む特別救助班を編成します。出撃可能な時間は、三十六時間後までです」
俺の端末にも、正式な供給要請が届いた。
深層用の刀剣、追加装甲、衝撃吸収部材。
すべてKUJO-G適合の高負荷仕様。
俺は製品在庫を確認した。
第一プラントの第二回適合粉末はある。
だが、それを使ったS級仕様の完成品は、一本もない。
「検証済みの完成在庫は?」
協会担当者の問いに、俺は答えた。
「ゼロです」
電力の期限と、救助の期限。
完成したばかりの供給委員会へ、最初の重大な判断が突きつけられた。




