第82話 【掲示板】九条、原料まで支配するのか
『国内最大級の精錬設備で、緊急停止が発生しました』
深夜の西原鋼業。
端末のスピーカーから響いた、経済産業省・新資源政策室の室長補佐、星野環の声に、適合確認の余韻が一瞬で消えた。
「どの設備ですか」
『天城マテリアルの関西主力プラントです。安定化工程で異常値を検知し、安全装置が作動しました。現時点で人的被害は確認されていません』
「原因は」
『調査中です。反応槽の内部と隣接配管を点検しており、再稼働の時期もまだ判断できません』
星野は、混合原石の影響だとも、設備の老朽化だとも言わなかった。
確認できていない原因を、行政の人間が推測で口にするはずがない。
『同プラントが担う処理量は大きい。停止が長引けば、装備だけでなく、電力、輸送、一般魔導具へ波及します。経産省は明朝、関係事業者から在庫と代替能力を確認します』
「合同精錬の第一プラントで埋められる量ではありません」
『承知しています。まずは事実の共有です。貴社にも、適合済み在庫と生産予定の提出をお願いします』
通話が切れた。
一つ目の適合ロットを出した夜に、市場全体ではそれを遥かに上回る処理能力が止まった。
俺たちの成功など、巨大な供給不足の前では細い水滴にすぎなかった。
*
夜が明ける頃には、天城の設備停止と、合同精錬の適合確認が同時にネットを駆け巡っていた。
【探索者互助板】九条補給店とKUJO-G規格を語るスレ Part68
勢い:89,210 / レス数:1000 / 最終更新:20XX/09/12 07:15
0231:名無しの中層探索者
九条の精錬所、適合ロット出たって!
G0の限定実証でも、今のところ死亡・重傷事故は出てないらしいし、供給再開くるか?
0245:名無しの検査屋
待て。天城の関西プラント停止が本当なら、喜んでる場合じゃない。
国内の精錬枠が一気に細るぞ。
0257:名無しの前衛職
九条の設備だけじゃ全国分なんて無理だろ。
結局、S級と身内の工場にだけ粉を回すんじゃないの?
0268:名無しの後衛職
原石の産地を押さえる。
精錬する。
規格の合否も決める。
完成品の供給順も決める。
これ、九条が原料から市場を支配する形になってないか?
0279:名無し投資家@魔石ETF民
需要が何十倍もあるなら、値段だって好きに上げられる。
安全を理由にした独占は、普通の独占より逃げ道ないぞ。
0291:地方支部職員
疑う気持ちは分かる。
でも、地方枠や救助枠を公表したのは九条側だ。
問題は、そのルールを誰が検証してるかだろ。
《Cross》トレンド
20XX/09/12 07:30 現在
1. #天城マテリアル停止
2. #九条独占
3. #原料支配
4. #KUJO_G
5. #命の値段
「九条さんを独裁者みたいに……」
芽衣が、悔しそうに画面を睨んだ。
「外から見れば、疑われる理由はあります」
俺たちが原料条件を決め、設備を所有し、検査記録を管理している。
天城の主力設備が止まった今、合同精錬が希少な適合粉末を恣意的に配るのではないか。
消費者が恐れるのは当然だった。
「反論文じゃなく、決めた仕組みを見せます」
俺は、供給委員会の事務局を担う芽衣へ資料を渡した。
「公開できる範囲を確認して、今すぐ出してください」
ほどなく、九条補給店と合同精錬の公式サイトが更新された。
『KUJO-G向け精錬粉末の供給方針』
一、配分は九条誠個人が決定しない。
救助への影響、切迫期限、代替手段、既存契約、地域配分などを供給委員会が審議する。利益相反のある委員は採決から外れ、個人情報と任務機密を除いた議事要旨を公表する。
二、需要逼迫を理由に、恣意的な値上げを行わない。
価格は原石、電力、薬品、検査、物流、適正工賃を反映する公開算定式に基づき、利益率には上限を設ける。算定と取引は外部監査の対象とする。
三、精錬網への参加申請を他社にも開く。
採掘区画までの追跡、工程記録の第三者保管、異常時の停止、受入検査、外部監査に同意する事業者は、規模を問わず申請できる。
ただし、精錬網への参加はKUJO-G名称の包括使用を意味しない。原料、製造工場、個々の製品とロットは、それぞれ必要な適合確認を受ける。
「議事録を全部見せないの?」
「救助対象者や工場の営業秘密まで晒せば、別の被害が出ます。公開するのは、判断を検証するために必要な範囲です」
更新直後、掲示板には新たな投稿が殺到した。
0312:事実確認マン
公式見た。
配分は委員会、価格は原価連動、他社参加可。
九条一人の財布ではなさそう。
0321:名無しの検査屋
参加しただけでKUJO-Gを名乗れないのも妥当。
入口を開けるのと検査を緩めるのは別だからな。
0334:冷静な魔法使い
独占批判への回答にはなってる。
でも委員会が本当に機能するか、今後の実績は見る必要あるだろ。
0347:名無しの前衛職
ルールは分かった。
こっちが欲しいのは説明より剣なんだよ。結局いつ回ってくる?
批判は消えなかった。
独占だという断定は減ったが、供給能力への不安と、優先順位への不満は残っている。
「鎮火、とはいきませんね」
芽衣が疲れた顔で呟いた。
「それでいいんです。疑問まで黙らせる必要はありません。条件を検証できる土俵へ戻せれば十分です」
相馬が、国内の処理能力と需要量を重ねたグラフを表示した。
「問題は、こちらです」
天城の停止が長引いた場合、一般魔導具、輸送設備、電力関連が、残された精錬枠へ一斉に流れ込む。
第一プラントの能力では、その数パーセントしか埋められない。
ネット上の疑念へ答えることはできても、存在しない粉末を生み出すことはできない。
間もなく始まるのは、評判を巡る戦いではない。
限られた現物を、いつ、どこへ、どの条件で回すか。
産業と人命を巻き込んだ、本当の供給戦だった。




