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第81話 三十本すべて、折れる前に赤く光った

第二回試験精錬の排出ゲートが開いた。


 初期、中期、終期。


 時間帯別の密閉容器へ、銀灰色の粉末が順番に収まっていく。


 改修した排出管の通過時間は、最初から最後まで規定内。


 相馬はインライン計測の波形を追いながら、各容器から採った試料を外部検査員と照合した。


「純度、粒度、含水率、規定内」


 一つ目。


「魔力反応スペクトル、許容帯」


 二つ目。


 最後に、前回異常が出た終期試料を励起器へ入れる。


 制御室から、人の息遣いが消えた。


 波形が一本ずつ描かれる。


「終期試料も、規定値内です」


 相馬は、標準試料との照合結果を確認してから顔を上げた。


「連続監視と、時間帯別の全採取試料に、警告判定へ影響する偏りは見つかりません」


 現場から歓声が上がる。


 だが、粉末の段階で合格しても、それを混ぜた鋼が同じ挙動を示すとは限らない。


 初回ロットは隔離したまま、第二回ロットから規定量を封印採取し、六工場が分担して刀剣型の試験体を製造した。


 材料、熱処理、加工、受入検査。


 すべての工程を同じ製造ロットへ紐づける。


     *


 数日後。


 西原鋼業の検査区画に、三十本の試験体が並んだ。


 立ち会うのは、合同精錬株式会社と六工場の担当者、九条補給店、外部検査機関、そしてダンジョン協会の監査員。


 試験体は販売用の完成品ではない。


 同じ原料ロットから規格形状で製造し、警告条件と限界挙動を確認するために壊される三十本だ。


 職人たちは、自分たちが数日かけて作ったものが一本も客へ渡らないと知った上で、加工記録を揃えていた。


 今回の三十本は、精錬条件を変更した最初のロットについて、再現性を確認するために事前合意した試験数だ。


 将来のすべてのロットで、必ず三十本を壊すと決めたわけではない。蓄積したデータに応じて、協会が認めた手順と抽出数で個別に適合を確認する。


「これより、修正精錬ロットの警告発生および限界挙動試験を開始します」


 相馬が、一本目を負荷試験機へ固定した。


 照明、撮影距離、角度を統一する。


 物理負荷と魔力負荷が、事前に定めた速度で上がっていく。


「負荷レベル四・〇。警告なし」


 刀身がわずかに湾曲する。


「警告判定帯へ到達」


 鈍色の表面に、鮮やかな赤い線が走った。


 撮影画像の色差が、規格の判定値を超える。


「一本目。警告発生値、許容範囲内」


 さらに負荷を上げる。


 刀身は大きく曲がり、鈍い音とともに限界を迎えた。


 破片の飛散はない。


「重大変形までの余裕値、規定内。非飛散性の限界挙動を確認」


 二本目が固定された。


 加圧。


 警告判定帯。


 赤線。


 大変形。


 三本目、四本目。


 同じ位置で光るわけではない。


 製品である以上、反応には幅がある。


 それでも三十本は、すべて事前に定めた許容範囲の中で警告を発し、重大変形へ至るまでの余裕を残した。


「二十九本目、合格」


 相馬の声が響く。


 最後の一本が試験機へ収まった。


 西原も、真壁も、芽衣も、黙って刀身を見ている。


 初回ロットの終期試料が、許容帯を外れた時の波形が頭をよぎる。


 負荷レベルが上がる。


 警告判定帯へ入った。


 ――スッ。


 三十本目の刀身に、赤い線が浮かんだ。


「色差、発現速度、合格」


 加圧を続ける。


 刀身はくの字に曲がり、破片を飛ばすことなく動きを止めた。


「三十本目。警告発生値と、重大変形までの余裕値、ともに規定範囲内です」


 相馬が試験機を止めた。


「三十本すべて、折損または重大変形の前に赤線を発生しました」


 外部検査員が、全記録と試験体番号を照合する。


 協会の監査員も、製造工程、原石の採掘区画、精錬条件、赤線判定画像を確認した。


 長い沈黙の後。


「修正精錬ロットは、今回申請されたKUJO-Gの製造ロット適合基準を満たしています」


 監査員が告げた。


「適合確認、完了です」


「よっしゃあああっ!」


 西原が拳を突き上げた。


 六工場の職人たちが肩を叩き合い、真壁は炉から運ばれてきた試料容器を見つめたまま、顔をくしゃくしゃにして笑った。


 芽衣は両手で口を覆い、それでもこぼれる声を抑えられない。


 相馬は三十本分の波形を見たまま、何度も小さく頷いていた。


 三十本すべてが、折れる前に赤く光った。


 中古の炉を買い、町工場が配管をつなぎ、散り散りだった精錬職人が動かした。


 その泥臭い工程が、同じ条件なら同じ警告挙動を出せるという結果へ変わった。


「真壁さんの粉が、全部応えたぞ」


 西原が、曲がった試験体を一本持ち上げた。


「わし一人の粉じゃねえ」


 真壁は、全国から集まった運転員たちを顎で示した。


「止めた奴も、差し戻した奴も、夜中に配管を直した奴もおったから、三十本まで同じ場所へ届いたんじゃ」


 俺も、胸の奥から込み上げる喜びを抑えなかった。


 だが、記録へ残す言葉は別だ。


「今回確認できたのは、この原石区画、この精錬条件、この製造ロットが、試験した範囲で適合基準を満たしたという事実です」


 俺は、歓声の中で全員へ告げた。


「未来の全ロットが安全だと証明されたわけではありません。実戦で絶対に折れない保証でもない」


 監査員へ、初回不適合ロットの記録も含めた報告書を渡す。


「今後も、工程と材料をロットごとに追跡し、連続監視と定められた抜き取り試験を行います。不適合が出れば、そのロットを止める。今回通ったという理由で、次の確認を省くことはありません」


「その運用を含めて、公認規格への適合条件です」


 監査員が答えた。


「今回の設備や会社名に、包括的な安全保証を与えるものではありません」


「承知しています」


 これで、第二回精錬ロットの残量を使った製品は、各工程の記録と個々の受入検査を経た上で、KUJO-G適合品として供給準備へ進められる。


 全国需要を満たす量ではない。


 だが、原料不足で完全に止まっていた供給へ、細い一本の流れが戻った。


「芽衣さん。供給委員会へ、適合確認済み数量を通知してください」


「うん。システムが優先基準に沿った配分案を作ったら、委員会と外部委員に確認してもらう」


 特定の有名人や、支払額だけで自動的に順番は決めない。


 既存契約、救助任務、緊急度、地域配分、検証済みの形状。


 公開した基準を、複数の目で確認する。


 最初の炉は動いた。


 最初の適合ロットも出た。


 俺たちはようやく、止まっていた供給を再開する入口へ立った。


 その日の夜。


 俺の端末に、経済産業省の星野環から緊急連絡が入った。


『九条さん。国内最大級の精錬設備で、緊急停止が発生しました』


 原因は、まだ確認中だという。


 だが、停止した処理能力は、俺たちの第一プラントとは比較にならない。


 一つの精錬所を動かした直後。


 市場全体は、それ以上の規模で止まり始めていた。

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