第80話 初回ロット、全量隔離
初回ロットを収めた三つの密閉容器は、隔離区画へ移された。
品質判定は「保留」。
再処理も廃棄も行わず、封印番号と重量を記録し、原因調査の試料として保存する。
数時間前まで炉の完成を喜んでいた職人たちは、プレハブ事務所へ集まり、終期試料の波形を見つめていた。
隔離した原料は、そのまま損失になる可能性がある。
精錬費、電力、薬液、検査費。
段階融資の次回実行には、試運転工程の達成確認も必要だ。ここで原因を特定できなければ、工場は動かず、人件費だけが積み上がる。
それでも、初期と中期の容器だけを急いで合格扱いする選択肢はなかった。
「純度、粒度、含水率は、初期から終期まで規定内です」
相馬が、三つのグラフを重ねる。
「化学成分にも、有意な差はありません。しかし、終期に排出した粉末だけ、魔力反応のピークが警告判定へ影響する方向へずれています」
「このまま鉄へ混ぜれば?」
俺が問う。
「赤線の発生時期が許容範囲から外れる試験体が生じる可能性があります」
相馬は断言できる範囲だけを答えた。
「どの粉末が刀身のどこへ入るかを管理できない以上、初期と中期だけを切り分けて安全だと扱うこともできません。全量隔離は妥当です」
「炉の温度と圧力は、最後まで基準内だった」
真壁が運転記録を叩く。
「薬液量も補正後は一定じゃ。なぜ、出てくる順番で反応が変わる」
西原が、中古炉の断面図へ目を落とした。
「炉の中が同じ温度でも、粉が同じ時間だけ熱を食ったとは限らん」
彼は、反応槽下部の排出経路を指した。
「古い排出口へ新しい遮断弁を合わせるため、ここに変換部を足したじゃろう。静止状態の耐圧試験は通った。じゃが、実際に粉を流すと、この角に一部が滞留する可能性がある」
「終期に排出されたのは、その滞留分か」
真壁が身を乗り出す。
「余計な時間、残熱と魔力励起を受け続けたなら、最後だけ波形がずれた説明がつく」
「まず、仮説として検証します」
俺はホワイトボードへ『排出経路の滞留』と書いた。
「設備を開放する前に、温度トレーサーと模擬粉体を使って、通過時間を測ってください」
「もう一つ、原石側の差も残っています」
相馬が、受入記録を開いた。
「今回の原石は、単一ダンジョン、単一階層です。ただし、同じ階層の複数区画から採掘されています。投入前の簡易試料では規定内でしたが、微細な魔力反応差が、滞留によって増幅された可能性は否定できません」
「設備と原石、二つの要因が重なった可能性があるということですね」
「はい。現時点では、どちらが主因か断定できません」
原因が二つあるなら、両方を一度に変えれば次は通るかもしれない。
だが、それでは何が効いたのか分からず、同じ異常が起きた時に再現できない。
「今夜のうちに、確認を二段階で進めます」
俺は作業を分けた。
「西原社長と真壁工場長は、模擬粉体による排出時間の測定を。相馬さんは、初期・中期・終期の保存試料と、投入前の区画別試料を比較してください」
芽衣には、追跡項目の更新を頼む。
「採掘区画と、同じ岩脈からの連続採掘番号を追加してください。今後は階層だけでなく、どの区画の石がどの投入順で炉へ入ったかまで残します」
「分かった。既存の記録を消さずに項目を追加するね」
不適合を隠すのではない。
どこまで遡れば差が見えるか、記録の粒度を一段深くする。
同時に、俺は外部検査機関と供給委員会へ初回ロットの隔離を報告した。
住民向けの公開画面にも、環境基準違反がなかった事実と、品質判定で不適合が出た事実を分けて掲載する。
粉末が規格へ適合しなかったことと、周辺環境へ漏出が起きたことは同じではない。
都合よく混ぜず、都合よく切り離さず、それぞれの記録を残す。
*
一時間後。
冷却と安全確認を終えた排出経路へ、色の異なる模擬粉体が時間差で投入された。
最初の粉は、想定どおりに排出される。
だが、終盤。
本来なら空になっているはずの変換部から、遅れて別の色の粉が落ちた。
「出たぞ」
西原が、透明な回収容器を持ち上げた。
「ここで十二秒、滞留しとる。温度の残った実運転なら、反応が進みすぎてもおかしくない」
排出経路の仮説は、現物で裏づけられた。
続いて、相馬が試料比較の結果を持ってきた。
「投入前の区画別試料にも、ごく小さな波形差がありました。単独では許容範囲内です。ですが、滞留後の終期試料では、その差が大きくなっています」
「片方だけを直して、再試験する選択は?」
「安全側に立つなら勧めません」
相馬が首を横に振る。
「設備の滞留は確実に除く。同時に、次回の検証ロットは同じ岩脈から連続して採掘された原石へ限定する。その条件で許容範囲へ入るかを確認すべきです」
「分かりました」
俺は修正案を確定した。
西原たちは変換部を外し、粉が溜まらない角度の排出管を新たに削り出す。
相馬と真壁は、同一岩脈の原石で小型安定化試験を先行し、本炉へ入れる条件を再設定する。
芽衣は採掘区画と投入順の表示を、内部記録だけでなく監査画面にも追加する。
「不適合ロットの存在も、定期報告へ載せます」
俺が言うと、真壁が顔を上げた。
「初回から失敗したと、自分で公表するのか」
「公認条件は、異常記録を改善へつなげることです。都合の良い二回目だけを見せれば、堂島がやったことと変わらない」
真壁は一瞬黙り、やがて鼻を鳴らした。
「そうじゃったな。なら、次は失敗ごと価値のある記録にしてやる」
夜を徹して、配管の切断音が響いた。
ただし、徹夜の勢いだけで炉を再点火することはしない。
改修後は、耐圧試験、漏れ検査、模擬粉体による通過時間の再測定を行い、外部検査員が記録を確認する。
空が白み始めた頃。
新しい排出管から、三色の模擬粉体が投入順どおり、滞留なく排出された。
「通過時間、全区間で規定内」
相馬が確認する。
「小型試験に回した連続採掘原石も、各採取点で許容帯です」
外部検査員が、再試験へ進む確認欄へ署名した。
俺は、封印された初回ロットを見た。
失敗は消えない。
だから、何を変えたかが証明できる。
「第二回試験精錬を開始します」
今度の目的は、完璧だと言い張ることではない。
修正した条件で、同じ警告挙動を再現できる原料を作れるか。
その答えを、三十本の試験体で確かめるためだった。




