↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
79/90

第79話 精錬所、初点火

倉敷市水島地区。


 合同精錬株式会社・第一プラントの中央に、北関東から運び込んだ反応槽が鎮座していた。


 古い躯体の周囲には、新しい配管、緊急遮断弁、防爆集塵設備、高感度センサーが張り巡らされている。


 六つの独立工場が加工を分担し、すべての接合部が耐圧試験と外部検査を通った。


 今日、初めて実原料を入れる。


「各工程、配置を報告してください」


 プレハブに設けた制御室から、俺はインカムで呼びかけた。


『原石受入、封印番号と採掘記録の照合完了』


『粉砕・分級、異物検査完了』


『安定化工程、薬液量と緊急排出経路を確認』


 最後に、現場責任者の真壁が応じた。


『第一プラント、試験運転へ進める』


 制御室では、相馬が内部反応の計測を担当する。


 芽衣の前には、住民向けの公開監視画面が表示されていた。


 排気、粉塵、排水、魔力残渣。


 数値は第三者が校正した計測器から送られ、生の値と更新履歴も確認できる。警戒値へ達すれば黄色に変わり、停止基準へ達した場合は新規投入を自動遮断した上で、安全側への移行手順が始まる。


「住民監視委員の端末とも同期しています」


 芽衣が報告する。


「大村さんたちから異常調査の要請が入った場合も、この画面へ記録されます」


「ありがとうございます」


 行政の担当者、外部検査員、住民監視委員も、それぞれの立場で試験運転に立ち会っている。


 誰か一人の「大丈夫」という言葉では、炉を動かさない。


 住民監視委員の大村は、制御室とは別の監視席にいた。


「こちらの画面が止まった場合は、どうなる」


 大村が芽衣へ確認する。


「三十秒以上、正常な更新を確認できなければ通信異常として表示します。計測器本体の記録は続きますが、公開監視が復旧し、原因確認が終わるまで新しい原料は投入できません」


「数値が緑でも、急に上がり続けた時は」


「警戒値へ届く前でも、上昇率の異常を黄色で通知します。監視委員から調査要請を出せます」


 大村は頷いたが、笑いはしなかった。


 条件付き合意は、信頼して任せるという意味ではない。


 疑い続けられる状態を守るという約束だ。


「これより、第一回試験精錬を開始します」


 俺は息を整えた。


「真壁工場長。点火してください」


『点火!』


 真壁が主電源を入れ、反応槽の底から重低音が響いた。


 送風機が回り、配管内の圧力がゆっくりと上がる。


 窓の向こうで、古い炉の外殻が微かに震えた。


 西原たちが新しく組んだ配管には、漏れも異音もない。外部検査員が接合部を一つずつ確認し、運転記録へ時刻を入れていく。


 ホッパーへ投入されるのは、ダンジョンと採掘階層を分け、封印したまま運び込んだ原石だ。


 粗砕機が石を砕く。


 分級された粒子が密閉経路を通り、安定化工程へ送られていく。


 ここから先は、単に純度を上げる作業ではない。


 原石に残る魔力反応の癖を、熱と薬液、微弱な励起によってKUJO-G用の許容範囲へ収める。


「魔力反応スペクトル、取得開始」


 相馬の前に、複雑な波形が現れた。


「立ち上がりが、事前の小型試験より〇・二秒早い。炉内圧力、警戒値へ近づいています」


 制御室の空気が張り詰めた。


 まだ緊急停止基準ではない。


 だが、予定曲線から外れたまま進める理由もない。


『B系統の冷却を、手順書の補正上限まで上げる。薬液投入は二秒遅らせる』


 真壁が指示を出した。


 運転員が復唱し、操作する。


 職人の勘で安全装置を飛ばしたのではない。小型試験で事前承認された補正範囲の中から、現物の反応に合う条件を選んだのだ。


「冷却操作を確認。圧力上昇、鈍化」


 相馬が波形を追う。


「魔力反応、許容帯へ戻ります」


 黄色に変わりかけた監視値が、緑の範囲で安定した。


「排気、排水とも基準内。操作履歴も公開画面へ反映されています」


 芽衣の声にも、安堵が混じる。


 相馬が数値で異常の兆候を捉える。


 真壁が現物の反応を読み、承認された範囲で調整する。


 運転員が復唱し、別の担当者が操作を確認する。


 技術と責任分界が、一つの工程として動いていた。


 数時間後。


『安定化工程、終了。時間帯別の採取容器へ排出する』


 排出開始から終わりまでを一つの山にしない。


 初期、中期、終期の粉末を分けて受け、どの時点で異常が生じたかを後から追跡できるようにする。


 銀灰色の粉末が、密閉された三つの容器へ順番に落ちていった。


 最後のゲートが閉じる。


 現場から歓声が上がりかけたが、俺はインカムで告げた。


「熱処理工程は完了です。ただし、試験精錬の成否はまだ判定しません」


 純度、粒度、含水率。


 魔力反応スペクトル。


 受入側での合金試験。


 すべてを通らなければ、KUJO-G用原料にはならない。


 設備が一度動いたという事実には意味がある。


 しかし、炉を動かすことが目的になった瞬間、品質判定は邪魔な手続きへ変わる。


 俺たちが作ったのは、粉を吐き出す工場ではない。不適合なら自分で止められる工場だ。


『堅いな、兄ちゃん』


 西原が笑う。


「最初の一ロットですから」


『分かっとる。先に喜んで、鉄へ入れてから泣くのは御免じゃ』


 防護箱の中で、外部検査員と相馬が三つの容器から試料を採る。


 西原は粉へ直接触れず、透明なグローブボックス越しに流動性と付着の仕方を確認した。


「初期、中期。純度と粒度は規定内です」


 相馬が読み上げる。


「魔力反応も、現時点では許容帯」


 現場に、抑えた歓声が漏れる。


 終期試料が励起器へ入れられた。


 波形がモニターへ描かれる。


 相馬の表情が止まった。


「……待ってください」


 同じ試料を取り直し、校正用の標準試料と比較する。


 それでも、結果は変わらなかった。


「終期に排出された粉末だけ、魔力反応スペクトルが許容帯を外れています」


 真壁が制御室を振り返る。


「炉内温度も圧力も、最後まで基準内だったぞ」


「記録上は、その通りです。ですが、粉末の反応には明確な偏りがあります」


 目の前で、最初の適合ロットになるはずだった粉末が、三つの容器へ分かれている。


 どこまで影響が及んでいるかは、まだ確定できない。


「初回ロットを全量隔離します」


 俺は即座に指示した。


「適合品として一グラムも使いません。原因が分かるまで、再処理も廃棄も保留してください」


 第一プラントは、爆発も漏出も起こさず、最初の工程を終えた。


 だが、俺たちが欲しいのは、炉が動いたという実績ではない。


 折れる前に赤線を出す装備へ使える、追跡可能な粉末だ。


 最初の火は消えなかった。


 その代わり、最初のロットが止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。