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第76話 新人二十人に、命綱を貸し出す

「KUJO-G0への利用希望が、三千件を超えました」


 芽衣が、合同精錬株式会社の仮設事務所で集計画面を見せた。


 一般販売を始めたわけではない。


 公認発表後に開設した利用希望の受付へ、新人探索者や家族から申し込みが積み上がり続けているのだ。


 だが、新しい精錬炉はまだ実原料での試運転前だ。


 手元にあるのは、検証済みの旧粉末から作った浅層向け標準片手剣、二十本だけだった。


「全員へは渡せません」


 俺は、供給委員会が作成した候補一覧を開いた。


「この二十本で、KUJO-G0の限定レンタル実証を行います。販売実績を作るためではありません。講習、使用、返却、点検、代替品手配まで、一つの運用として機能するかを確かめるためです」


 対象者は先着順ではない。


 申込時刻や通信環境で決めれば、公開してきた優先基準に反する。


 活動階層がG0の検証済み範囲に収まること。装備知識が浅く、既存装備への固定化がまだ進んでいないこと。地域が一か所へ偏らないこと。指定講習を受け、異常時の使用中止と返却へ同意できること。


 供給委員会が条件を照合し、外部委員も参加して二十人を選定した。


 選ばれなかった申込者には、理由を個別順位として開示しない。


 代わりに、今回の検証範囲と選定項目、二十人という上限の根拠を公開する。特定の人間の装備状態や家庭事情を、比較材料として外へ晒さないためだ。


 当然、「なぜ自分ではないのか」という批判は残った。


 だが、枠を増やすために未検証品を混ぜることも、声の大きい相手へ裏から渡すこともできない。


「利用者から、どこまで情報を取るんですか」


 相馬が尋ねた。


「安全検証に必要な最小限です」


 俺は同意書の項目を確認する。


 探索回数とおおよその階層。


 赤線発生の有無と、その時に取った行動。


 返却時の変形、摩耗、魔力残渣。


 さらに今回の実証に限り、柄へ外付けの負荷記録器を封印して取り付ける。これは剣の警告機能ではない。警告前後にどの程度の衝撃と魔力負荷がかかったかを、後から検証するための測定器だ。


 詳細な位置情報や、関係のない会話、個人の戦闘履歴まで集めることはしない。


「本人の同意なしに、保険会社やほかの事業者へ生データを渡すこともありません」


「分かりました。二十本ごとに、記録器の校正証明も紐づけます」


 相馬が頷いた。


     *


 翌週。


 西原鋼業の研修スペースに、選定された二十人の新人探索者が集まった。


 俺たちは一本ずつ、製造ロットと適合記録、外付け記録器の番号を照合して手渡していく。


「最初に、誤解を解いておきます」


 俺は、鈍色のKUJO-G0を掲げた。


「この剣は、皆さんを必ず生還させる装備ではありません。赤線が出るまで壊れないと保証するものでもない」


 期待に満ちていた何人かの顔が、緊張に変わる。


「強い一撃、想定外の魔力干渉、刃の損傷など、警告が間に合わない条件はあり得ます。出発前点検と、使用期限による返却は、赤線の有無にかかわらず必要です」


 俺は刀身の警告部を示した。


「その上で、赤線が確認できた場合は、装備が限界へ近づいている可能性が高い。直ちに使用を中止し、その日の探索を切り上げてください。『あと一体だけ』『あと一撃だけ』は認めません」


 芽衣が作った短い説明動画を、全員の端末へ配信する。


 出発前の点検。


 赤線を確認した時の合図。


 閃光玉や煙幕を使った離脱。


 帰還後の返却手順。


 さらに、協会の安全講習担当者が、パーティー全員で撤退判断を共有する訓練を行った。


 剣を持つ一人だけがルールを知っていても、仲間が戦闘継続を求めれば逃げ遅れるからだ。


 長机の上には、剣だけでなく、検査証明書、出発前点検票、返送用の封印ケース、異常時の協会連絡先も並べた。


 装備だけ渡して、後は本人の自己責任とする仕組みにはしない。


「家族にも、この説明を見せていいですか」


 一人の女性が尋ねた。


「もちろんです。説明資料は公開します。ただし、ご家族へも『これを使えば安全』とは伝えないでください。危険を減らすための一つの手順です」


 芽衣が、家族向けの問い合わせ窓口を案内した。


 新人本人が不安を隠しても、帰りを待つ家族から出る質問が、運用の見落としを教えてくれることがある。


「質問があります」


 一人の青年が手を挙げた。


「赤線が出た時、目の前の魔物があと少しで倒せそうでも、本当に逃げるんですか」


「逃げてください」


 俺は即答した。


「その魔物を倒せば、今日の収入は増えるかもしれません。ですが、警告後の一撃が装備の限界を超えるかどうかを、現場で正確に判断することはできない。収入は次の探索で取り戻せます。失った命は戻りません」


 西原が腕を組み、二十人を睨んだ。


「わしらは、折れん剣を打ったんじゃない。危ない時に黙っとらん剣を打ったんじゃ」


 野太い声が、研修スペースへ響く。


「赤くなった剣を持ち帰るのは、恥でも失敗でもない。無理せず、その剣と一緒に帰ってこい。そしたら、わしらが中を見て、次の一本へ直す」


 二十人が、真剣な顔で頷いた。


 契約は期間限定。


 月額料金には、定期点検と、実証条件内での代替品手配を含める。自己流の研磨や補修は禁止し、異常がなくても指定日には返却する。


 これはまだ一般向けレンタルサービスではない。


 二十人だけで、仕組みの穴を見つけるための実証だ。


 貸出前の最終確認で、一台の外付け記録器に校正期限の入力ミスが見つかった。


 相馬はその場で装着を止め、予備機と交換した。


 剣本体に異常はない。


 それでも、後から説明できない計測値を取るくらいなら、一本を遅らせる方がいい。


 二十本は、装備と記録器の両方が確認されてから利用者へ渡った。


     *


 最初の探索日。


 俺たちは西原鋼業の事務所で、協会支部から届く出発と帰還の確認を待っていた。


 利用者の行動を遠隔で監視しているわけではない。


 緊急時の連絡は協会の通常手順を使い、俺たちが受け取るのは、本人が同意した装備状態の報告だけだ。


 夕方までに、七人から無事帰還の連絡が入った。


 残る十三人。


 日が落ちかけた頃、実証専用の窓口に一件の報告が届いた。


『千葉第三ダンジョン。KUJO-G0に赤線発生』


 芽衣が息を呑む。


 その下には、まだ「帰還」の二文字が表示されていなかった。


 命綱を渡した後、本当に必要なのは、警告を出すことではない。


 使った本人が、その警告に従って帰ってくることだ。


 俺たちは、更新されない画面を見つめ続けた。

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