第75話 精錬職人が、倉敷に集まった
倉敷市水島地区の合同精錬株式会社。
中古炉の改修が進む敷地へ、全国から作業着姿の男や女が集まり始めた。
閉鎖された地方精錬所の元工場長。
設備集約で職場を離れた分析担当者。
小規模な工場で、原石ごとの癖を見ながら炉を調整してきた運転員。
真壁の呼びかけに応じたのは、最初の一週間で三十人余りだった。
ただし、来た者を全員その場で雇うわけではない。
職歴と資格を確認し、秘密保持、安全教育、交代勤務の条件を説明する。実技確認を通った者だけを運転要員として採用し、それ以外にも分析や保守の外部協力を打診する。
人手不足を理由に、入口の基準を下げれば、設備を直した意味がない。
採用には金もかかる。
転居費、交代勤務の手当、資格更新、保護具、継続教育。
倒産した会社の元社員だからといって、安く使える労働力ではない。精錬所を安全に動かせる希少な技術者として、事業計画へ正当な人件費を組み込んだ。
段階融資の資金使途にも、採用と教育の費用を明記している。
「九条社長」
北関東の精錬所で長く現場を預かっていた佐々木という男が、改修中の炉を見上げた。
「俺たちを集めて、天城みたいな全自動プラントと張り合うつもりか。こいつは手動の調整箇所がずいぶん残ってるぞ」
「同じ物を、同じ方法で大量に作るなら、全自動設備の方が強いでしょう」
俺は否定しなかった。
「ですが、ここで扱う原石は、採掘されたダンジョンと階層を分けます。由来によって魔力反応が違う以上、最初から一つの条件へ押し込むことはできません」
ホワイトボードへ、産地別の処理表を映す。
「相馬さんのセンサーで差を数値化し、真壁社長たちが許可された範囲で温度や薬液の投入時刻を調整する。必要なのは、機械の代わりに勘だけで動く職人ではありません。数値と現物の両方を読み、異常なら止められる技術者です」
佐々木が、少しだけ口元を上げた。
「純度表だけ見て、全部同じ粉だと言われる仕事じゃないんだな」
「ええ。ただし、腕があれば好きに動かしていい工場でもありません」
俺は、精錬工程の図に縦線を引いた。
原石受入。
粗砕・粉砕。
分級。
魔力安定化。
最終検査。
「工程ごとに責任者を分けます。次工程へ中間品を渡す時は、必ず受入検査を行う。基準を満たさなければ、同じ会社の中でも受取拒否と差戻しができます」
「仲間の仕事を、突き返すのか?」
「人を責めるためではありません。不適合が、どこから先へ進んでいないかを確定するためです」
俺は、工程間の線を指した。
「粉砕後の粒度が外れていれば、分級工程が受け取らない。安定化後の波形が外れていれば、出荷判定へ進めない。止めた者が損をする評価制度にもさせません」
さらに、外部検査機関から来た担当者が前へ出た。
「最終的な魔力反応スペクトルと、環境計測器の校正は、我々が独立した立場で確認します。不合格ロットを、納期や歩留まりを理由に通すことはありません」
集まった技術者たちは、互いの顔を見た。
反発ではない。
自分がどこまで責任を負い、どこから先は別の責任者が確認するのかを、図の上で確かめている目だった。
「採用条件をもう一つ追加してくれ」
佐々木が言った。
「現場が止めた時、営業に勝手に動かされないことだ。昔の工場じゃ、納期が迫るたびに『数値は少し外れただけだ』と圧を掛けられた」
「停止解除には、工程責任者と品質責任者の両方の承認を必要とします。売上担当だけでは解除できません」
「なら、文句はねえ」
佐々木が募集要項の確認欄へ署名した。
それをきっかけに、ほかの技術者たちも一人ずつ書類を受け取り始めた。
*
数日後。
採用された運転要員と、外部協力となった保守・分析担当を交え、冷間での模擬運転を行った。
実際の魔石は入れない。
無害な模擬粉体と試験信号を使い、受入、搬送、遮断、排出、回収までを繰り返す。
最初の模擬運転では、投入担当と安定化担当の復唱が重なり、違うバルブへ手が伸びかけた。
「触るな!」
佐々木の声が飛ぶ。
作業員の手が止まり、真壁が工程を最初からやり直させた。
「結果が合っとっても、手順を飛ばした運転は不合格じゃ。今の間違いも記録へ残せ」
設備が正常でも、人間の伝達は間違う。
模擬粉体だから笑って済ませるのではなく、本物の魔石を入れる前に失敗できたことを訓練の成果として残した。
「原料投入部、模擬詰まり発生!」
相馬が警告を出す。
「投入停止! B系統を閉じろ。再開判断はするな、原因確認が先じゃ!」
真壁の指示で、担当者が所定のバルブを操作する。
同時に、公開監視画面の表示が緑から黄へ変わった。
「監視委員側にも、警戒状態と調査開始時刻が反映されました」
芽衣が読み上げる。
模擬異常を解除しても、真壁の一声だけでは運転状態へ戻らない。相馬が原因記録を確認し、別の品質担当者が再開条件へ署名して、ようやく次の工程へ進む。
速さを求めて集めた人間たちが、止めるための訓練を何度も繰り返した。
夕方。
最後の模擬ロットが、工程記録を欠かすことなく密閉容器へ収まった。
真壁が、確認表へ太い字で署名する。
「九条さん。最初に会った時は、商社上がりの若造が精錬を分かった気になっとると思った」
彼は、炉と集まった技術者たちを見回した。
「じゃが、腕のある人間を集めて、腕だけに頼らん仕組みを作った。ここはもう、素人の寄り合いじゃない」
「現場責任者として、動かせますか」
「条件付きでな」
真壁は、模擬運転記録を叩いた。
「この記録と停止手順を、誰にも曲げさせんこと。それを守るなら、わしが第一プラントを預かる」
「約束します」
俺は真壁と握手を交わした。
六工場は独立したまま設備改修を終え、精錬職人は自分の責任を理解して配置についた。
だが、実際の原石を入れる初点火には、最終の安全確認と立会いが残っている。
その間にも、装備を待つ探索者は増え続けていた。
俺は、検証済みの旧粉末から作った在庫一覧を開いた。
新しい炉が安全な粉末を出せるかは、まだ分からない。
だからこそ、手元にある確認済みの二十本だけで、先に検証できることがある。
新人向けKUJO-G0。
製品を売る前に、点検と回収を含む運用そのものを試す、二十人限定のレンタル実証だった。




