第73話 新品設備、納期十八か月
『ご要望の仕様に基づく新規プラント設備の納入につきまして、現在、他社様からの大規模な先行発注が集中しており、製造ラインが逼迫しております。
つきましては、最短の納期で【十八か月後】となりますことをご報告申し上げます』
西原鋼業の事務所。
芽衣のノートパソコンに表示された設備メーカーからのメール文面を前に、重い沈黙が落ちた。
「……十八か月じゃと?」
西原が、信じられないという顔で画面を覗き込んだ。
「家を建てるんじゃないんじゃぞ。機械の納入だけで一年半も待たせるって、どういうことじゃ!」
「機械の製造ライン自体が、完全に押さえられているんです」
相馬が、血の気の引いた顔で言った。
「魔石の精錬に使う防爆集塵機や特殊反応炉は、規格化された汎用品ではありません。注文を受けてからメーカーが製造する受注生産品です。メーカーの製造能力には限界がある。そこへ、我々が発注しようとした直前に、数年分の製造枠を埋めるほどの大口発注が入ったということです」
「他社って……まさか」
芽衣が、震える声で俺を見た。
「発注者名を、メーカーは明かしていません」
俺は、机の上に公開情報をまとめた資料を置いた。
「ただ、天城マテリアルは先日、設備更新と予備機確保を目的とした大型投資を公表している。時期と発注規模を考えれば、あの製造枠に天城の注文が相当数含まれている可能性は高いでしょう」
「汚ねえぞ! そんなの、あからさまな妨害じゃねえか!」
西原が机を拳で叩いた。
「俺たちとの交渉決裂を受けて発注量を増やした可能性はあります。ですが、それを証明する材料はない。それに、発注そのものは違法ではありません」
俺は冷静に答えた。
「彼らには巨大な資本があり、設備更新や供給途絶への備えという正当な需要もある。メーカーへ契約通りの対価を払い、先に製造枠を確保している。メーカー側も、素性の知れない新規企業より、長年の取引がある最大手からの大口注文を優先するのは当然の経済活動です」
独占契約を断られた後、天城マテリアルが打ってきたのは、大口の先行発注による製造枠の確保だった。
違法な妨害ではない。
だからこそ、資本力の差がそのまま時間の差になる、厄介な一手だった。
「なら、海外のメーカーから輸入するのはどうですか」
相馬が代案を出す。
「調べてみましたが、現実的ではありません」
俺はすでに確認した情報を共有した。
「魔力反応を伴う特殊炉は、各国の輸出規制の対象になりやすい。通関手続きに時間がかかるうえ、国内の安全基準へ合わせた仕様変更と認可を取り直せば、結局一年以上かかります。何より、稼働後の故障時に技術者をすぐ呼べないのは、供給インフラとして致命的です」
十五億円の融資枠を取り付け、資金の壁は越えた。
だが、いくら金があっても、売ってくれる相手がいなければ工場は建たない。
「……どうするの、九条さん」
芽衣が、泣きそうな声で言った。
「陽菜ちゃんとは、三年間の優先供給契約を結んだばかりだよ。彼女は深層探索の予定まで変えて、検証済みの装備を待ってくれてる。他の探索者の人たちだって、新しい装備を心待ちにしてるのに……。一年半も待たせたら、九条補給店への信用は全部なくなっちゃう」
芽衣の言う通りだ。
一年半も市場を放置すれば、探索者たちの不満は頂点に達し、結局は「大手の天城マテリアルに任せるべきだった」という世論に押し流される。
十五億円の段階融資も、建設の進捗がなければ次の資金は下りない。
完全に手詰まりに見えた。
『――九条さんよ』
スピーカー越しに、ずっと黙っていた真壁の声が響いた。
『新品の機械が手に入らんのなら、工場を建てるのは諦めるんか』
「諦めません」
俺は即答した。
「メーカーの製造枠が埋まっているのは、新品の話です。俺たちが今必要としているのは、最新設備を並べることじゃない。安全基準を満たし、KUJO-G用の粉末を量産できる機能です」
俺はホワイトボードの前に立ち、『新品設備』と書いた文字にバツ印を引いた。
「真壁社長。俺が初めてあなたの工場を訪れた時、あなたは『廃業して機械を解体業者へ売る』と言っていましたね」
『ああ、そうじゃ。大手との価格競争に負けて、設備を更新する金もなかったからな』
「同じように廃業や事業縮小に追い込まれた、中規模の精錬所は国内にどれくらいありますか?」
俺の問いに、相馬がハッとして顔を上げた。
「……なるほど。新品が買えないなら、中古市場を当たるということですか」
「ええ」
俺は頷いた。
「天城は新品の製造枠を押さえた。ですが、すでに市場へ出ている旧式設備まで押さえたわけではない。彼らの最新プラントには規格が合わなくても、合同精錬株式会社は、もともと真壁精錬所の古い設備を基準に工程を組んでいる。中古の機材でも、改造と安全対策を施せば流用できる可能性があります」
「じゃが、都合よく出物があるか?」
西原が疑念を口にする。
「ただの鉄工所の機械じゃないぞ。魔石を扱う特殊な炉や集塵機じゃ。廃業するような工場は、大抵機械も傷んどる」
「外見の古さは問題ではありません。ただし、躯体や内部コーティングが検査に通ることが前提です」
俺は西原を見た。
「そこが生きているなら、配管やセンサー、安全弁、制御系を現在の仕様へ交換できますか?」
「……ふん。誰に向かって聞いとるんじゃ」
西原が、ニヤリと笑って分厚い腕を組んだ。
「鉄の塊の修理と改造なら、わしら町工場の十八番じゃ。最新の安全基準に合わせるための溶接も配管も、図面と部品さえあればやってやるわい」
「真壁社長。中古の炉でも、あなたが指揮を執って温度管理の癖を掴むことはできますか?」
『新品の素直な炉よりは手間がかかるがな。じゃが、機械の機嫌を取って思い通りの粉を引くのが精錬屋の腕じゃ。持ってこい』
真壁の頼もしい声が返ってきた。
腕のある職人たちと、それを安全に稼働させるための相馬の分析技術。
これがあるからこそ、俺たちは中古設備という裏道を選べる。
「芽衣さん。全国の工業機械の競売情報、破産管財人による資産売却リスト、業界団体の廃業告知を横断して、候補を一覧化してください」
俺は指示を出した。
「探すのは、中規模以上の魔石精錬設備。特に、ここ数年の設備投資競争に敗れて閉鎖された工場を重点的に見てください。大手の最新プラントでは使われない設備でも、俺たちなら再生できるかもしれない」
「分かった。すぐに探す!」
芽衣がノートパソコンに向かい、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。
行政や金融機関の公開データベース、専門の管財オークションサイト。芽衣は条件の異なる情報を横断検索し、候補を一件ずつ表へまとめていく。
数時間後。
外がすっかり暗くなった頃、芽衣が「あった!」と声を上げた。
「これ、どうかな? 北関東にあった中堅の魔石精錬会社。半年前に倒産して、明日の朝、破産管財人による工場設備の現地確認と競争入札が行われるみたい。参加登録も、今夜までなら間に合う」
芽衣がモニターに映し出した物件情報を、相馬が素早く読み解く。
「……粗砕機、微粉砕機、それに中型の反応炉が二基。公称処理能力は、現在の真壁精錬所の約五倍です」
相馬は図面を拡大し、慎重に続けた。
「設備自体は十年以上前のものですが、今回のプラントへ転用する候補にはなり得ます。ただし、図面だけでは内部の腐食も魔力劣化も分かりません。非破壊検査を含む現物確認が必要です」
俺は入札要項を確認した。
「最低入札価格は、二千五百万円。上限は三千万円に設定します」
新品中心の十五億円規模の計画を、すべて中古へ置き換えるわけではない。
だが、一年半待つはずだった中核設備を再生できれば、その間に失われる時間を買い戻せる。
「管財人へ連絡して、参加登録と必要書類の提出を進めてください」
俺はジャケットを手に取った。
「相馬さん、一緒に来てください。現物を確認し、適合可能と判断できれば、その場で入札します」
俺たちには時間がない。
大資本が新品の正規ルートを先に押さえるなら、俺たちは全国の廃工場から、記録の残った設備を拾い上げて再生する。
「反撃開始です」




