第71話 俺一人に、命の配分を決めさせるな
合同精錬株式会社の設立後、最初に開かれた臨時取締役会。
俺は、供給委員会の設置案を全員の前へ提示した。
「公認後に公開した暫定優先基準は、九条補給店が供給希望を整理するために作ったものです」
救助任務、装備事故率、緊急度、地域配分、既存契約、返却と点検への同意、検証済みの範囲。
限られた本数で生還可能性を高めるための基準ではあった。
だが、最終的に誰を列の前へ置くかは、俺の判断へ依存していた。
「今後は原料まで限られます。俺一人が、どの工場へ粉末を回し、誰の装備を先に作るか決め続けるべきではありません」
「九条さんが逃げるように聞こえるぞ」
西原の問いに、俺は首を振った。
「責任からは逃げません。市場窓口として必要情報を集め、供給案も作ります。ただ、その案を承認する者と、異議を唱える者を別に置くんです」
委員候補は、九条補給店、六工場の製造代表、合同精錬の品質責任者、ダンジョン協会の安全担当者。
加えて、救急・災害対応の専門家、地域代表、個人情報を扱わない範囲で審査できる外部監査人を入れる。
供給を求める組織の代表者は、必要性を説明するために出席できるが、自分への配分を決める採決には加われない。
「利益相反がある委員は、審議と採決から外します」
俺自身も、九条補給店の売上や特定顧客との契約が直接関係する案件では、その利害を明示する。
「個人の病歴や任務の機密を、公開会議で晒すわけにはいきません」
芽衣が、公開方法の案を映した。
「申請者を特定できる情報は伏せます。その上で、使った基準、配分量、判断理由をまとめた議事要旨を公開します。後から基準を都合よく変えていないか、外部監査も受けます」
「緊急時はどうする」
真壁が問うた。
「救助隊が今夜必要じゃと言うとるのに、全員集まるまで待つんか」
「常任の少人数委員による緊急審査を設けます」
俺は事前に作った手順を開いた。
「複数の独立した委員で、残存在庫、代替手段、期限、救命への影響を確認する。決定後は二十四時間以内に全体委員会へ報告し、事後監査を受けます。一人だけの緊急決裁権は置きません」
速度のために責任を曖昧にはしない。
だが、会議の正しさを守るために、目の前の救助を遅らせることもしない。
その両方を満たす仕組みが必要だった。
*
設置案は、経済産業省・新資源政策室にも事実確認のため提出した。
数日後、西原鋼業を訪れた室長補佐の星野環は、規程案を最後まで読み、淡々と口を開いた。
「行政が、個々の民間契約や装備の配分を命令するものではありません」
「承知しています」
「ただし、公認規格の供給が一か所へ集中し、救助活動や地方支部が依存するなら、継続性と説明可能性は政策上の確認対象になります」
星野は、緊急審査の条文を指した。
「判断の速さは必要です。しかし、緊急という言葉を使えば何でも非公開にできる制度では困ります。後から検証できる記録と、決定者の利益相反の開示は残してください」
「規程へ明記します」
「もう一点。供給網への参加条件を公開すること」
星野の視線が鋭くなる。
「既存の関係者だけが原料、製造、検査へ参入できる閉鎖的な仕組みにすれば、品質管理ではなく市場支配と見なされます」
「他の精錬事業者や工場でも、同じ追跡、試験、監査条件を満たせば申請できるようにします」
ただし、参加しただけでKUJO-Gの名称を使えるわけではない。
粉末は原料としての適合確認を受ける。
製造工場は工程監査と受入検査能力を確認される。
そして個々の完成品と製造ロットは、協会公認条件に基づいて別途適合検査を受ける。
「入口は開く。基準は下げない。そういうことですね」
「ええ」
星野は頷いた。
「なら、行政として結果を保証はしませんが、継続性を評価するための資料にはなります」
彼女はあくまで制度の確認者であり、供給委員会の委員にも、配分の決定者にもならなかった。
*
供給委員会は、正式に設置された。
同時に、非常時の代替工程を検討するため、設備探索の過程で接触した近隣三社の精錬事業者を、事業継続計画の候補先として登録した。
どの会社も、現時点でKUJO-G用の適合粉末を作れるわけではない。
それでも、保有設備、品質記録、運搬経路、改造可能性を事前に調査し、緊急時に一から探し始めなくて済むようにする。
相馬は三社をA社、B社、C社と符号化し、必要になる追加検査と工程分担の案を作った。
「使わずに済むのが一番です」
「ええ。ですが、唯一の設備が止まった瞬間に供給が途絶える構造では、インフラとは呼べません」
俺たちは、平時には余分に見える手順へ時間を使った。
その記録も含め、金融機関へ提出する資料を作り直す。
経営を俺一人の信用から切り離す。
供給判断を俺一人の善意から切り離す。
十五億円を借りるためだけではない。
俺が間違えた時にも、命の列を守れる仕組みを作るためだった。




