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第70話 六工場、精錬会社を共同設立

三葉物産との規格争いを経ても、西原鋼業を含む六工場は、一つの企業へ統合されなかった。


 それぞれが独自の顧客と技術を持つ、独立した会社だ。


 その原則を崩さないまま、精錬工程だけを共同で確保する。


 俺たちは、顧問弁護士と税理士を交え、何度も契約案を書き直した。


 そして一か月後。


 西原鋼業の会議室で、新会社の設立契約へ署名する日を迎えた。


「会社名、本当にこれでいくの?」


 芽衣が、少し複雑そうな顔で定款案を見つめている。


 表紙に記されているのは、『合同精錬株式会社』。


「分かりやすいでしょう」


「九条補給店と同じで、飾り気がなさすぎるんだよ」


「何をする会社か、一度で伝わります」


 ブランド名を格好よく見せることより、契約と責任の所在が伝わる方が重要だ。


 出資者は、九条補給店、西原鋼業、規格協議へ参加する五つの独立工場、そして真壁精錬所。


 出資比率は、九条補給店だけで重要事項を決められないよう調整した。


 俺が市場窓口と契約、資金調達を担う。


 真壁が精錬工程の運転責任者となる。


 相馬が品質試験と変更管理を統括する。


 六工場は利用者であると同時に、製造現場の立場から取締役会へ意見を出す。


 ただし、新会社を設立しても、六工場の経営権や顧客、技術が合同精錬へ移るわけではない。


「最後に、もう一度確認します」


 俺は、集まった各工場の代表者を見回した。


「皆様は、合同精錬の株主にはなりますが、九条補給店の傘下へ入るわけではありません。KUJO-G以外の仕事も、これまで通り各社の判断で続けられます」


「逆に、精錬会社の都合で、うちの工場へ赤字の製造を押しつけることもできん。そういう契約じゃな?」


 一人の社長が念を押す。


「ええ。粉末の購入量と価格は、別途締結する引取契約に従います。品質不適合の粉末を買い取る義務もありません」


「なら、異論はない」


 社長たちは、一人ずつ署名した。


 六つの独立工場と、一つの精錬事業者。


 別々の会社が、必要な工程だけを共同所有する仕組みが、紙の上で形になった。


     *


「会社を作れば、安全になるわけじゃないぞ」


 署名を終えた真壁が、定款を指で叩いた。


「炉が暴れた時、株主総会を開いとる暇はない。誰が止めるんじゃ」


「運転責任者である真壁社長です」


 俺は、安全規程案を開いた。


「ただし、真壁社長だけではありません。計測値が基準を超えた場合、現場の作業員、品質責任者、住民監視委員のいずれからでも異常調査を要求できます」


「社長や株主が『納期に間に合わんから続けろ』と言うたら?」


「安全停止の判断を、営業や出資者が覆すことは禁止します」


 相馬が、該当条項を読み上げた。


「原料産地、混合比率、処理条件、設備を変更する場合は、変更前に試験計画を提出する。検証が終わるまで、その粉末へKUJO-G用適合原料の表示はできません」


「記録を後から書き換えたら?」


「測定記録は外部保管し、定期監査を受けます。異常品は対象単位を隔離し、原因が確認できるまで出荷停止です」


 真壁は何度も条文を読み、最後に太い指で署名した。


「そこまで書いとるなら、わしも名前を置く。精錬屋の仕事が、営業の都合で曲げられん会社にせえ」


「約束します」


「約束じゃなく、書類にしたところだけは信用してやる」


 真壁らしい返事だった。


     *


 新会社の設立に合わせ、六工場との間では、三年間の原料引取に関する基本契約も締結した。


 数量は、各工場の経営を圧迫しない最低限に抑える。


 価格は固定せず、原石、電力、薬品、検査費を反映する算定式を定める。


 規定品質を満たさない場合は、引取義務を停止できる。


 設備完成が遅れた場合や、公認条件が変わった場合の再協議条項も置いた。


 楽観的な将来予測を、無理やり確定売上に見せる契約ではない。


 それでも、誰が、どの条件なら、どれだけの粉末を必要とするかが初めて数値になった。


「陽菜さんの三年契約と、六工場の最低引取量」


 芽衣が資金計画表へ数字を入力する。


「これで、銀行が言ってた『拘束力のある需要』には近づいたかな」


「近づきました。ただ、まだ十五億円を一括で借りられるとは限りません」


 建設中は売上が立たない。


 設備の完成が遅れれば、利息だけが積み上がる。


 初期の試験で要求品質を満たせなければ、契約上の引取も始まらない。


 金融機関が見るのは、成功した時の売上だけではなく、失敗した時にどこまで損失を限定できるかだ。


「次は、会社の意思決定と供給配分を、俺一人から切り離します」


 西原が眉を上げた。


「会社を作ったばかりで、もう自分の権限を減らすんか」


「俺が倒れたり、誤ったり、利益を優先した時にも止められる仕組みが必要です」


 公認規格の原料と、全国へ限られた装備を回す入口。


 それを一人の判断へ集中させた会社に、十五億円を預ける金融機関はいない。


 何より、そんな構造では社会インフラを名乗れない。


 俺は新会社の最初の議案として、『供給委員会設置規程』を提出した。

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