第65話 消された三本が、営業部長を失脚させた
公開試験の翌日。
天城マテリアルは、内部監査の中間結果を公表した。
元の試験体は十三本。
T-04、T-07、T-11の三本は、いずれも警告発生が社内の暫定範囲を外れていた。
試験時の測定器は校正期限内。
同日に測った対照試料も正常。
三本を測定ミスと断定できる記録はなかった。
それにもかかわらず、堂島は再試験を命じず、『測定ノイズとして集計対象外』とするよう下請けの試験担当者へ指示していた。
十本だけで平均値を計算し、『全試験体で安定した警告を確認』と説明資料へ記載させた。
平均値を改変したわけではない。
平均へ入れる対象を、都合よく変えたのだ。
*
天城マテリアルの会議室で、久我は監査報告書を机へ置いた。
向かいには堂島が座っている。
俺と相馬は、KUJO-G公認規格の提出者と技術担当として、協会職員とともに調査結果の説明を受けていた。
「堂島」
久我が静かに問う。
「なぜ三本を除外した」
「大型契約の初期資料です。十三本中十本で傾向は十分に示せていました」
堂島は顔色を失いながらも答えた。
「三本は結果が明らかに外れていた。測定上の異常と判断して、統計から外しただけです。平均値そのものに嘘はありません」
「下請け技術者は、再測定を求めている」
久我が報告書をめくる。
「お前は却下し、除外理由を資料へ記載しないよう指示した。さらに、異議を述べた会社へ契約更新を示唆して圧力をかけた」
監査では、堂島から送られたメールと社内チャットも保全されていた。
『大型契約の説明に不要なノイズを残すな』
『再試験で納期を遅らせるなら、次期委託先を見直す』
真壁精錬所へかけた電話の記録も、堂島個人の指示だったと確認された。
「会社のためです」
堂島は繰り返した。
「九条補給店との契約を取れば、新市場を押さえられた。製品事故が起きたわけでもない。外れ値を一つずつ気にしていたら、大規模事業は動かせません」
「事故が起きる前に止めるための試験だ」
久我の声が初めて硬くなった。
「お前は、営業上邪魔な結果を、技術上不要な結果へすり替えた」
堂島は反論できなかった。
久我は処分方針を読み上げた。
堂島彰を、KUJO-G関連契約の責任者から即時に外す。
精錬営業部長としての職務を停止し、正式な懲戒手続きへ移す。
下請け各社への圧力を含め、調査は継続する。
逮捕でも、会社からの永久追放でもない。
だが、数字を選んで大型契約を取ろうとした堂島は、その契約と役職の両方を失った。
「全量独占供給の提案も、白紙撤回します」
久我は俺へ向き直った。
「堂島個人の不適切な処理とはいえ、要約資料だけで大型提案を承認した管理責任は当社にあります。正式な謝罪と、訂正資料を公表します」
「承知しました」
俺は勝ち誇らなかった。
天城の全設備が劣っていると証明されたわけではない。
混合粉末を安全に処理する技術が、将来も作れないと決まったわけでもない。
確認できたのは、今回の保存粉末に見逃せないばらつきがあり、堂島が三本を不適切に除外した事実だけだ。
「一つ、確認したい」
久我が言った。
「独占提案を撤回した後も、天城が原石由来の追跡、全試験結果の提出、第三者監査へ同意すれば、供給試験へ参加できますか」
「他社と同じ条件であれば」
俺は即答した。
「規模が大きいから排除することも、小さいから優遇することもしません。条件を満たす供給者は、複数必要です」
「自社が作った規格を、競合にも使わせると」
「KUJO-Gの名称を使えるのは、工程、検査、追跡、回収条件を満たした製品だけです。その入口は、特定企業だけのものではありません」
久我はしばらく俺を見た後、短く頷いた。
「分かりました。次に話す時は、一供給者として条件を持ってきます」
敗北を認めて従属したわけではない。
天城は天城の利益と設備を持ち、俺たちは規格の条件を持つ。
独占を巡る交渉は終わったが、供給市場での競争は続く。
*
《Cross》トレンド
20XX/08/19 20:30 現在
1. #消された三本
2. #堂島部長職務停止
3. #混合粉末
4. #九条補給店
5. #原石の戸籍
装備厨の帰還民 @gear_return · 8分
十三本作って、合格した十本だけ「全部安定」って発表してたのか。
そりゃ平均は綺麗になるわ。
冷静な魔法使い @cool_mage · 6分
大事なのは「九条なら絶対安全」じゃない。
不合格を消さず、ロットごと止められるかどうか。
中層の盾役 @shield_mid · 4分
九条を理想論って叩いて悪かった。
でも供給が足りない問題は残ってる。早く次の適合ロットを作ってくれ。
名無しの検査屋 @check_line · 2分
今回証明されたのは試験した条件だけ。
産地を分けても個別ロット検査は必要だぞ。
世論は反転した。
だが、投稿の最後にある指摘が最も正しい。
公開試験に勝っても、陽菜専用仕様の確認済み在庫はゼロのままだ。
KUJO-G向け粉末の新しい適合条件も、これから協会審査へ反映しなければならない。
産地別原石を継続して集める商流もない。
真壁精錬所の小型区画では、全国需要の一部すら処理できない。
「技術的な条件は見えました」
西原鋼業へ戻った俺は、ホワイトボードへ三つの言葉を書いた。
『土地』
『十五億円』
『住民合意』
「次は、試験で終わらせず、供給できる精錬能力を作ります」
消された三本を取り戻しても、装備は一振りも増えない。
公開試験という分かりやすい勝利の先に、精錬所を現実へ変えるための、さらに重い三つの壁が待っていた。




