第61話 一社独占なら、供給網とは呼べない
天城マテリアルの提案書を、条項ごとに分解した。
価格。
最低供給量。
設備投資。
契約期間。
監査権。
規格改訂権。
供給停止時の代替調達。
「粉末の価格と量だけなら、受ける価値があります」
俺は全員へ結論を示した。
「問題は、天城が止まった時、天城の許可が出るまで別の供給先へ動けないことです」
ホワイトボードへ、天城一社を入口とする供給図を描く。
その丸を消すと、下流にある六工場すべてへの線が途切れた。
「事故、災害、他産業の緊急需要。理由が何であれ、天城のラインが止まればKUJO-Gの原料供給はゼロになる」
「三年の固定価格も、契約更新後は向こうが握ることになるな」
西原が言う。
「ええ。さらに、検査基準を変えるにも天城の同意が要る。今回のような未確認の差が見つかっても、設備効率を理由に改訂を止められる可能性があります」
「でも、断ったら今すぐ作れる量は増えないよ」
芽衣の指摘は正しい。
独占を拒否すれば、確認済みの専用在庫がゼロという現実は続く。
全国の供給希望へも応えられない。
「だから、天城を排除するのではありません」
俺は回答案を表示した。
「独占購入義務と規格改訂への拒否権を外す。ロット追跡、必要な生データの提出、第三者監査、異常時の即時停止へ同意するなら、一供給者として試験参加をお願いする」
「向こうが呑むと思うか」
真壁が問う。
「大型設備を専用化する採算は悪くなります。断る可能性は高い」
「それでも、条件は曲げんのじゃな」
「一社しか通れない入口を作った瞬間、それは供給網ではなくなります」
天城の能力は必要だ。
だが、天城だけに依存してはならない。
*
回答の場で、久我は修正案を最後まで読んだ。
「非独占で、この開示条件。これでは弊社が専用設備へ投資する合理性が薄い」
「理解しています」
「それでも変えないと」
「ええ。設備停止時に供給を継続できず、異常時に規格側が止められない契約は結べません」
久我は感情的に反論しなかった。
「交渉不成立ですね」
「現条件では」
「分かりました。全量供給の提案は取り下げます」
久我は契約書を閉じた。
「ただし、九条さん。供給できない安全基準が、社会にどこまで受け入れられるかは別問題です」
「その責任は負います」
堂島だけが、席を立つ直前まで不満を隠さなかった。
「数本の試験結果に怯えて、最大手の供給を蹴る。現場の探索者が知ったら、何と言うでしょうね」
久我が一度だけ鋭い視線を向けると、堂島は口を閉じた。
交渉は、決裂した。
その日の夕方、真壁精錬所へ一本の連絡が入った。
天城の下請けとして真壁が細々と請けていた、精錬残渣の再処理契約。
次回更新の事前確認を名目に、堂島から条件を示されたという。
『九条補給店との共同試験を続けるなら、更新は難しい』
真壁は通話を録音し、日時と相手を記録していた。
『どうせ閉めるはずだった工場じゃ』
電話越しに、彼は吐き捨てた。
『今さら首輪を見せられて、戻ると思われたのが腹立たしい』
「その記録は保全してください。今は公表しません」
『分かっとる』
天城全体の方針か、堂島個人の圧力か。
現時点では判断できない。
証拠が足りない段階で企業全体を非難すれば、正当な調査を壊す。
*
翌朝。
大手ネットメディアに、堂島のインタビューが掲載された。
『天城マテリアルは、月産トン単位の原料供給を提案しました。しかし九条補給店は、ごく一部の未確認なばらつきを理由に拒否しました』
『一〇〇パーセントの均一を求めて供給を止め続けることが、本当に探索者の利益になるのでしょうか』
記事には、天城が提示した狭いばらつきのグラフも掲載されている。
《Cross》トレンド
20XX/08/10 10:15 現在
1. #天城マテリアル
2. #九条補給店拒否
3. #安全か供給か
4. #白銀の陽炎活動停止
中層の盾役 @shield_mid · 5分
大手が作れるって言ってるのに、九条は何で断った?
こっちはいつまで待てばいいんだよ。
冷静な魔法使い @cool_mage · 4分
契約条件が公開されてない以上、どっちが正しいか判断できない。
「大量供給を断った」だけ切り取るのも危険。
装備初心者 @gear_beginner · 3分
多少ばらついても、何もないよりマシじゃないの?
名無しの検査屋 @check_line · 1分
平均で安全でも、自分の一本が外れたら終わり。
必要なのは、ばらつきが何を意味するかの比較試験だろ。
「天城が出したグラフへ、言葉だけで反論しても水掛け論になる」
俺は、芽衣が用意した反論文を止めた。
「公開できる条件で、同じ現象を比較します」
「公開試験?」
「ええ。由来を分けた原石と、由来を記録して混ぜた原石を、同じ手順で試す。天城にも、自社データの根拠となった保存試料と試験台帳を提出してもらう」
相馬が頷く。
「純度と粒度を揃えた上で、魔力反応の分布と警告発生を比較します。これなら、設備の大きさではなく、混在そのものの影響を見られる」
「まず材料を集めます」
市場にないなら、採掘した場所から分けるしかない。
俺はダンジョン協会へ、第三者監査を含む試験計画を送信した。
堂島が消した可能性のある事実を、言葉ではなく、誰の目にも見える現物へ戻すために。
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