第59話 魔石には、産地表示がない
問屋の集積場では、原石が次々と大型サイロへ投入されていた。
各地の買取所から届いたコンテナが計量され、概算の魔力量と不純物を確認された後、同じ等級として一つにまとめられる。
「これが、今の標準的な扱いです」
問屋の担当者が説明した。
「電力用でも輸送用でも、求められるのは一定以上の魔力量と精錬後の純度です。どのダンジョンの何階から出た石かなんて、納品先から聞かれたことがありません」
現場が杜撰なのではない。
必要とされてきた品質へ、大量に、安く、途切れず応えるための仕組みだ。
KUJO-Gの赤線という新しい機能だけが、既存の商流では捨てられていた情報を必要としている。
「採掘時点では、場所の記録がありますね」
「協会への入退場記録や、パーティーの換金申告には残ります。ただ、買取所で複数の袋をコンテナへ移した時点で、個々の石との対応は切れます」
「このサイロへ入れた後は」
「元へは戻せません」
巨大な槽の中で、何トンもの石が音を立てて混ざる。
純度を測る前に、戸籍が消えていた。
「階層ごとに分けた試験用ロットを作れませんか」
俺は、必要量と希望納期、追加作業の内容を提示した。
「サイロ全体の運用を変えてほしいとは言いません。採掘現場で専用容器へ封印し、既存品と混ぜずに別便で運ぶ。分別、容器、輸送、記録にかかる追加費用は支払います」
担当者は資料を読み、しばらく考えた。
「試験量だけなら、物理的にはできます」
「では」
「ですが、あなた方が今必要としている量だけでは、恒常的な新ルートにする採算が合いません」
彼は、月間取扱量の表を示した。
「現場へ教育し、容器を増やし、誤投入を防ぐ区画を作る。そこまでして、来月も再来月も同じ量を買ってもらえる保証はありますか」
俺は即答できなかった。
全国から供給希望は来ている。
だが、確定注文でも、長期購入契約でもない。
真壁精錬所の小型区画で処理できる量にも限界がある。
需要の声だけを根拠に、上流へ大規模な変更を求めることはできなかった。
「まず、原因究明用の試験サンプルだけを、個別契約でお願いしたい」
「それなら検討できます。ただし、採掘事業者と協会の同意、輸送中の封印管理は、そちらで組んでください」
「分かりました」
市場全体のルールを、今日から変えられるわけではない。
だが、小さな商流を一本だけ作り、必要性をデータで証明することはできる。
*
西原鋼業へ戻り、現在の流れをホワイトボードへ描いた。
探索者。
買取所。
問屋。
精錬所。
それぞれの間で、重量、価格、概算魔力量は引き継がれる。
採取ダンジョン、階層、採取時刻は、途中で消える。
「誰も隠しとるわけじゃないんじゃな」
西原が図を見た。
「ええ。価値がない情報として、引き継いでいないだけです」
「でも、その情報がないと、今度は剣が作れない」
芽衣が言う。
「だったら、原石の時点から製品番号みたいなものを付けるの?」
「試験では、そうします」
俺は仮の管理項目を書いた。
採取ダンジョン。
階層。
採取区画。
採取日時。
採掘事業者。
封印番号。
輸送時の受け渡し。
精錬時に分割した容器番号。
「利用者の位置情報を公開するわけではありません。安全検証に必要な範囲で記録し、外部公表時は場所を匿名化する」
「記録を増やしたら、現場が面倒になって抜けが出るよ」
芽衣が指摘する。
「スマホで封印番号を読み取って、選択式で入力できるようにする。採掘者が長い報告書を書く形にはしない方がいい」
「頼みます。現場で続かない記録は、追跡制度とは呼べません」
相馬は、必要な原石サンプルの条件を整理した。
「少なくとも、由来の異なる三種類。それぞれを混ぜずに精錬した粉末と、割合を記録して混ぜた粉末を比較します」
俺は、協会へ提出する試験計画書を作り始めた。
その時、九条補給店の公式窓口に新着メールが届いた。
差出人は、国内最大級の魔石精錬設備を持つ『天城マテリアル』。
魔材事業担当役員・久我総一郎からの正式な面会依頼だった。
『貴社の供給停止と、原石由来情報に関する検証方針を承知しております』
『弊社であれば、産地を分別せずとも、KUJO-Gが必要とする粉末を大規模かつ安定的に供給できる可能性があります』
真壁精錬所へ試験を頼む前、処理枠がないと断られた二十二社。
その中で最も大きな設備を持つ企業が、今度は向こうから俺たちへ接触してきた。
面会希望日は、二日後。
添付された議題には、『全量供給および戦略提携』と書かれていた。
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