第58話 純度検査は、何も見ていなかった
相馬は、簡易研究室へ二つの密閉容器を並べた。
検証済み旧粉末の保存試料。
そして、不適合となったMKB-T01の保存試料。
「既存の検査結果を、先に確認します」
相馬が画面へ表を出す。
純度。
粒度分布。
含水率。
主要な残留不純物。
これまで使ってきた魔力安定化指数。
どの項目も、二つの粉末を同じ合格範囲に入れていた。
「数字は間違っていません」
相馬が言った。
「純度検査が嘘をついたわけでも、分析器が故障していたわけでもない。俺たちが、測っていない性質まで同じだと思い込んだんです」
机の上には、小型の励起器と受信センサーが組まれている。
一定の温度下で粉末へ複数の弱い魔力刺激を与え、返ってくる反応を周波数帯ごとに記録する装置だ。
相馬はこれを『魔力反応スペクトル』と呼んだ。
最初に旧粉末を測る。
画面上の反応は、試行を重ねても狭い範囲へ収まった。
次にMKB-T01。
平均値だけを見れば、旧粉末と大きく変わらない。
だが、一回ごとの波形を重ねると、反応の山が複数の方向へずれ、広い範囲に散らばった。
「この差です」
相馬が二つのグラフを重ねた。
「旧粉末は、刺激を変えても反応の幅が比較的狭い。新粉末は、同じ容器の中でも採取位置によって応答が変わる」
「それが、赤線を遅らせた原因ですか」
芽衣が尋ねる。
「可能性は高い。でも、まだ断定できない」
相馬は即答した。
「今見ているのは、成功した保存試料一つと、失敗した保存試料一つの比較です。相関はあっても、何がこの差を生んだのかは証明できていない」
以前なら、彼は綺麗な波形を見つけた時点で答えを口にしていたかもしれない。
自分が『全項目合格』と判定した粉末から、赤線の出ない剣ができた。
その失敗が、相馬を慎重にしていた。
「同じ新粉末の中でも反応が違うなら、精錬後に何かが混ざった可能性は」
西原が問う。
「あります。設備の汚染、乾燥時の偏り、原石段階の差。候補はまだ消せません」
相馬は、精錬途中で採取した保存試料を順番に測った。
粗砕後。
湿式処理後。
分級後。
安定化処理後。
反応の散らばりは、最初の粗砕後からすでに存在した。
「真壁社長の安定化工程で、新しく生まれた差ではない」
「わしの腕を疑うな、と言いたいところじゃが」
スピーカー越しの真壁が低く答える。
『それも今ある試料の範囲で、という話じゃ。設備側の検証は続ける』
「お願いします」
俺は、粗砕前の原石記録へ視線を移した。
差は、精錬工程へ入る前からあった可能性が高い。
相馬は、ひしゃげた随伴試験体の表面も非破壊で撮影した。
赤線を生む反応層は、消失しているのではない。
場所によって反応の始まる負荷が揃わず、一本の警告線としてつながらなかった形跡がある。
「強度だけなら、今回も一定の水準に達していました」
相馬が、まだらな反応画像を見た。
「だから従来の耐久試験だけなら、優秀な鋼として合格させていたかもしれない。KUJO-Gが見ているのは、強いかどうかだけじゃない。危険を同じ条件で知らせられるかです」
公認条件を厳しくしたから、不合格を発見できた。
同時に、その公認条件にも原料側の検査が足りなかった。
だが、MKB-T01の原石は問屋のサイロで混ぜられ、元の採取場所まで遡れない。
「原因を確かめるには、混ざる前の原石が必要ですね」
「ええ」
相馬が答えた。
「採取元が明確な原石を別々に測る。その後、意図的に混ぜた試料を作る。そこで初めて、由来の混在が反応の散らばりを生むのか検証できます」
「さらに、精錬条件を変えた比較も要ります」
俺は必要な試料を書き出した。
「由来が同じ原石を、同じ条件で複数回。由来が違う原石を、それぞれ別に。最後に、割合を記録して混ぜたもの」
「数は増えますよ」
「失敗結果も含めて、必要な試験費を組みます」
純度検査は、何も見ていなかった。
正確には、純度しか見ていなかった。
これから俺たちが規格へ加えるべきなのは、答えの名前ではない。
同じ数字の裏に違いが隠れている時、それを発見できる検査の手順だ。
俺は原石の仕入れ伝票を手に取り、問屋へもう一度電話をかけた。
「混ぜる前の入荷記録を見せてください」
『仕入先単位までなら出せます。ただ、採取地点までは商品情報ではありません』
現在の商流では、必要な情報が途中で消えている。
その消えた場所から、調べ直すしかなかった。
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